第06話 ミシェルの可愛さで俺の語彙力が死んだ

 アディシェスたちとの遭遇から数週間。つい昨日までは忙しかったセフィロトも、今は落ち着きを取り戻している。
 ここのところはお祭りゲームらしい季節のイベントや、年代記《クロニクル》の修正が多く忙しかったのだが、ひと段落ついたという事で今日は監視役の職員を除いては休暇となっている。なので俺たち実働部隊は暇なのだ。何をして過ごそうかと思案しながら廊下を歩いていると、左右の道からそれぞれ声をかけられる。

「エリアス! 今日は向こうの書庫でヘルメスが書いたという魔導書を探しますわよ」
「エリアスさん! 今日は私と二人っきりで街に行きませんか? 美味しい串焼きの屋台を見つけたんです」

 ミシェルとタマキの二人から、同時に腕を掴まれ話しかけられる。それぞれ対応しようとすると、それよりも早くミシェルとタマキが目をあわせ睨み合いを始めてしまった。

「ミシェルさんあなた、エリアスさんといったいどういう関係なんですか?」
「婚約者候補かしら?」

 周囲の人間からはほぼ公認となっている。しかし正式な婚約はまだなので俺とミシェルの関係は彼女が言う通り『婚約者候補』だ。

「そう! 要するにまだ候補ですよね? だったら私のエリアスさんに、ベタベタくっつかないでください」
「別にくっついてはいませんわよ?」

 これはもしや同担拒否というやつだろうか? おそらくはタマキのなかで、俺は彼女の恋人か何かに設定されているのだろう。
 しかし、そんなことよりも俺はミシェルとデートがしたい。ミシェルは前世においてリコレクションズが配信されるよりも前に亡くなっていたのだから、本編外の細々とした小ネタの内容を教えるためにも色々と回りたいのだ。
 ゲーム中で仲間たちから街でどういう店があったとか、あそこの店の料理がおいしかったとか、可愛い雑貨屋さんがあったとかフレーバー程度にいろいろ聞ける。ならばせっかくだから行ってみたい。聖地巡礼ってやつだ。

「ヴァー。ヴァー」

 しかしこの先のことを考えると、ミシェルたち二人の間にあまり軋轢を持たせるのは良くない。どうにか和解させる形に持っていけないかと考えていると、不思議な鳴き声を上げて俺の足元にダアトくんがすり寄ってきた。

 ダアトくんはレギンレイヴ・リコレクションズのマスコットキャラクターである。黒い毛並みが美しい、兎とも狐ともとれる愛くるしい外見の持ち主だ。くりっとした黄色い目が可愛らしいのも特徴の一つである。しかし聞いての通り、奇妙な鳴き声をしているせいで何の動物なのかは不明である。
 キャラクターボイスが誰なのかは不明だが、公式イベントに出演したときに聞いた黒やんの『レギンレイヴァー』発言時の末尾に声が似ているので、公式の遊び心なのではないかとの噂がある。あとで本人《メテオライト》に聞いてみよう。

 このダアトくんは少し気難しい性格をしている。人によっては引っ掛かれたり噛まれたりするらしく、一度も遭遇したことが無くて探し回っているというセリフも、ゲーム内で数人のキャラクターから聞くことができた。
 そして俺はこれがダアトくんとの初対面である。ともすれば、ここでの対応の仕方で関係のすべてが決まるといっても過言ではない。そっと膝をつきしゃがむと、じっと目をあわせる。お互いにゆっくりと瞬きをしたのちに、俺は指を一本ダアトくんの鼻先に向かって差し出した。

「ヴァー」

 あざといまでの可愛らしさでひと泣きしたダアト君に指先をぺろりと舐められた。そのまま身を摺り寄せてきたという事は合格したのだろう。対猫様用の動きで良いということは、もしやダアトくんは猫なのだろうか? 謎は深まるばかりだが、今は気にしないことにする。

「撫でてもいいですか?」

 思わず敬語になってしまったが、ダアトくんに好かれるというのはそれくらい嬉しいことだ。なんせ運が良ければログインボーナス以外にも、おまけとして|召喚の札《ガチャチケット》やステータスアップアイテムなどが貰える。
 そしてダアトくんを撫でたときの手触りは、ふわふわというよりも少し固め――例えるのであれば柴犬のような手触りだ。狐の毛皮に近いかもしれない。

「あっ、ダアトくん! 今日こそはモフらせてください!」
「まあ、可愛らしい。兎さんかしら?」

 作品のマスコットキャラクターかつログボ担当で稀に高価なオマケを付けてくれることから、その人気は凄いものだった。なにせ|召喚の札《ガチャチケット》の他にも☆5専用強化アイテムなども貰える。そのせいなのかは解らないが、公式からぬいぐるみが販売されたときは初回分のロットがあっという間に売り切れていた。購入した者たちはガチャ運が上がったとか上がらなかったとか。

「ダアトくんは尻尾が長いから狐さんですよ」
「でもお耳は長くてよ?」

 二人とも可愛いものが好きなようでミシェルとタマキの言い合いは収まったものの、ダアトくんを囲んで三人でしゃがみ込むという絵面はどうかとも思う。しかし、どうやら肝心のダアトくんはミシェルに興味津々らしい。彼女が☆5だからだろうか。ミシェルが指先でこしょこしょとダアトくんの喉を撫でている。
 小動物とミシェルという組み合わせが最高に可愛らしいので、癒やされるなあと思いながら穏やかに眺めていると事件は起こった。

「きゃーっ!」
「わわっ! ダアトくん、さすがにそれは駄目ですよ!」

 ダアトくんがしゃがんでいたミシェルのスカートの中に潜り込んだのである。これには思わず俺の緩んでいたはずの頬も引き攣る。慌てふためくタマキと、スカートの上からダアトくんを捕まえようとするミシェルで大混乱である。だが状況が状況なだけに、俺は迂闊に手を出せない。

「ちょっ……痛いっ! 痛いですわよ! 引っ掻かないでくださいまし!」

 さすがにこれは聞き捨てならない。いくらダアトくんでも許せん。まだ婚約すらしていない女性のスカートに手を入れるのは気が引けるが、被害が大きくなる前に手を打つ必要がある。

「こらっ、ダアトくん。出て来い!」

 なるべく中を覗かないように裾から手を入れ、ミシェルの太腿にしがみついているダアト君を掴む。すると思っていたよりもあっさり、ミシェルのスカートの中から出てきてくれた。

「た、助かりましたわ」
「怪我は大丈夫かい? 誰か司祭様に見てもらったほうが……」
「これくらいなら傷薬で十分ですわよ。それよりも少しあちらの方を向いていて下さる?」
「えっ、なんで?」
「ダアトくんがガーターに何か挟んでいったのよ」

 このスケベ狐、なんてことをしやがるんだ。うらやましい……いや、けしからん!
 俺は首根っこを掴んだままのダアトくんを睨みつけると、当のダアトくんは『僕何か悪いことしました?』とでも言いたげな表情をしている。

「まあ! タマキ。これは召喚の札と、何かの強化アイテムじゃないかしら?」
「ログボ以外にアイテム貰えるときがあるって噂には聞いてましたけど、二つも貰えるだなんて凄いです! ミシェルさん、もしかして幸運の女神さまか何かなんですか!?」
「ローレッタ大陸最強の氷の魔女さまよ!」

 ミシェルは得意げな表情でタマキにアイテムを渡す。さっきのあれでミシェルは少なからず怪我をしたのだから、詫びチケットみたいな物なのだろうか。状況が状況だったので、おひねりって言ったほうがあっている気もする。

「このチケットで星5を引き当てることが出来たら、ミシェルさんには御利益があるって事になりますね! 行って来ます!」

 単発は爆死する確率のほうが高い気もするけど、これで俺以外にタマキが興味を示す相手が来てくれることを祈るしかない。しかしタマキの好みはよく解っていない。シリーズお馴染みのポジションごとに好みがあるとかではないようで、ここ最近でガチャから出てこないと叫んでいるのを聞いた名前に法則性が見当たらない。あえて挙げるとすれば若手の人気声優がキャラクターボイスを担当していることくらいだろう。

「う……うちのセフィロトも、ついに……遂にオニキス将軍が来た! これで今度の海水浴イベントは楽が出来るぞ、やった~! 高橋兄貴の舞台見に行った甲斐があった! わ~い、わ~い!」

 言わずもがなだがオニキスは星5だ。専用ではないが攻撃用の奥義も持っているし、ステータスも高い。
 そうか、もうそんな時期か。ミシェルには見せられない奴――波乗りオニキスが出てくる季節が来てしまうのか。それにしてもミシェルの前世の推しを引き当てられるチケットを貰ってくるとか凄い引きだな。

 タマキの興味は現在、オニキスに移動した。ならば今のうちに撤収するのが一番である。俺は捕まえたままのダアトくんに、今後はああいった事をしないよう注意をすると解放してやる。

「とりあえず部屋まで送るよ」
「まあ、大げさですこと」
「スカートに少し血が付いてる」
「あら本当。落ちるかしら?」

 ミシェルの腰を抱き廊下を進む。ダアトくんを放した時にたまたま目についたのだが、彼女の履いているスカートに小さく汚れがついているのが見えたので、俺はそれを隠すように立っている。

「さっきダアトくんに引っ掻かれたときのだろうから、すぐに水洗いすれば平気だと思うけど……白だと目立っちゃうかな。染み抜きも用意したほうが良いかもしれない」
「それもそうですわね。しみ抜きの薬剤って何処で手に入るのかしら?」
「俺の部屋に置いてあるけど使う?」

 趣味の品は街に出る必要があるが、生活必需品の類は倉庫に行けば手に入る。セフィロトにはメイドや執事の類は居ないので、身分に関係なく身の回りのことは自分でやらなくてはならない。
 いわゆるオカン属性のキャラクターが居るセフィロトであれば、そういったことが苦手な者も助かるのだろうが、このセフィロトにはその手のキャラクターは居ない。

「しみ抜きはまだ使ったことがありませんのですけど、使い方を教えていただけますか?」
「この台の上に吸着用の布を敷いてその上で叩くようにして血を落としたら、あとは普段洗うのと同じようにすすげば――」
「それだと脱がないと駄目ですわね。う~ん。乾くまで何か貸していただけまして?」
「待ってミシェル。まさか俺の部屋で洗濯する気か?」
「私の部屋にはこの台がありませんし、運ぶにしても大きいし重いでしょう?」
「うん。でもここ、男の部屋だからな?」
「エリアスは無理矢理なんてしないでしょう?」

 小首をかしげながらそう言うミシェルに毒気を抜かれながら、俺はクローゼットを開く。ボトムスだとサイズ的に大きくて駄目だろうし、俺は上着を取り出して渡した。ミシェルが着れば膝上丈のワンピースくらいにはなるだろう。俺シャツがしたいという下心もある。

「それ着て毛布にくるまって居てくれ」
「そうしたら洗い物が出来なくてよ?」
「目のやり場に困るから俺が洗う。棚の二番目に傷薬とかガーゼが入っているから使ってくれ」
「それじゃあ、お願いいたします」

 ピンセットでガーゼを摘み治療を始めたミシェルは、普段よりも脚が出ている。ちらりと見えた太腿とニーソのコントラストが眩しい。ついチラ見してしまいながら彼女から預かったスカートを洗う。

「エリアスの匂いがする」

 治療を済ませると毛布にくるまって暇を持て余していたのか、毛布の匂いを嗅いだらしいミシェルの呟きを耳が拾う。やばいかわいい。ベッドはミシェルが占領しているけど、ごろごろ転がりたいくらい嫁が可愛くてつらい。ミシェルの可愛さで俺の語彙力が死んだ。
 しかしどうにか無心になりながらスカートについた血を落とすが、なかなか手強い。この世界のしみ抜きは、前世のしみ抜きほど性能が良くないのだ。

「エリアス、いるか? 邪魔するぞ」
「あっ、ラウルスか。すまん、今ちょっと忙しい」

 なにやら箱を持ったラウルスが訪ねてくる。箱の形からして菓子類だろう。丁度いい時間だし、茶の誘いにでも来たのだろう。

「なんだ洗濯中か……女物のスカート? しかもこれは……ほほう」
「別にお前が考えているような、やましいことはしていないからな」
「なんだ。血が付いているから、てっきりそういうことかと思ったんだが……」
「まだまだ清く正しい関係だ」
「ベッドに女性を寝かせておいて、そのセリフか?」
「はあ?」

 慌てて振り向き確認すると、ベッドの上では俺の上着と毛布にくるまったミシェルがスヤスヤと寝ている。どうりで静かになったわけだ。

「この状況なら手を出しても文句は言われないと思うがな」
「きちんと同意を取るまではしないつもりだから」

 冗談交じりに言いながらベッドに近づき、ミシェルに触れようとしているラウルスを俺はひと睨みする。同じ名前で似たような立場とはいえ、この二人は別人だ。しかも男女である。流石に察してくれたようで、両手を挙げてまいったのポーズを取りながらラウルスはベッドから離れる。

「娼館にも行かず真面目なことだ」
「そういうラウルスこそ行ってないだろ。そっちのやつ何人かに聞いたぞ? この、色男」

 そのラウルスといえば、女をとっかえひっかえしていたはずの氷の貴公子だ。しかしこのセフィロトに来て以降、全くと言っても良いほど浮いた話を聞かない。

「一つの操立てのようなものだ。まあ、俺も落ち着いたって話さ」

 洗濯を済ませると俺はソファで寛ぐラウルスに向き直る。心なしか、ラウルスから疲労の色が見える。

「それで何の用なんだ?」
「アナベル隊長から菓子を貰ったんだが、あいにく俺は甘いものが苦手でな。ルーナは甘いのが好きらしいから二人で食え」
「フェイス様たちと一緒に食べれば良いじゃないか」
「既にメレディスと食べてる最中だ。中にこの菓子に合うという茶葉も入っているから使え」

 そういいながら押し付けるように俺に菓子の入った箱を渡すとラウルスは去っていった。
 テーブルの上に箱を置き中身を確認すると、つい先日までのイベントで嫌になるほど集めていた菓子が姿を見せる。

「柏餅……だと?」

 ということは、こちらの茶筒の中身は緑茶だ。どうしよう、俺の部屋には湯飲みも急須も無い。ティーポットとティーカップで良いのだろうか?
 端午の節句イベントで収集したアイテムが柏餅だったので、きっとその余り物か何かなのだろう。お祭りゲーム特有のご都合主義なのか、これといって痛んだ様子もない。
 棚から取り出したポットに湯を注ぐと中の茶葉が広がる。蒸らしている間にミシェルを起こそうとベッドに近づくと軽く肩をゆする。

「ふあ~。すみません、眠ってしまいましたわ……あら? どこかで嗅いだような香りがしますわね」
「ラウルスに柏餅と緑茶を貰ったんだ。茶器はちょっとあれだけど、丁度いい時間だしおやつにしよう」
「まあ! 実は周回中から少し気になっておりましたの。こういうのって、流石はお祭りゲームといったところですわね」
「リコレだけ世界観がゆるゆるで、ふわっふわしてるって言われてたからなあ」

 レギンレイヴシリーズは基本的に西洋風の世界なので柏餅が登場したときは、次回作は和風ファンタジーになるのではと話題になったりもした。しかし蓋を開けて出てきたのは『月虹のレギンレイヴ』の直接の続編である『漆黒のレギンレイヴ』である。
 他愛もない話をしながらカップに注いだ緑茶をひと口含む。そんなに濃く出したつもりはないのだが、思ったより渋くて飲めない。でも砂糖を入れて飲むのは少々抵抗がある。

「う~ん。お砂糖をいただけますか?」
「うん。やっぱり前世と味覚違うんだな。俺だけじゃなくて安心したよ」
「緑茶に砂糖とか、どういう感性しているのかしらって思っておりましたが、味覚の違いですのね」
「前世ほど渋みを良く感じないというか、あの良さを理解できない舌になってるな」

 その後も余り物の柏餅はセフィロトに所属している司書《ライブラリアン》と英雄たちに、一週間以上は毎日おやつとして配布されることとなったのだった。
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