第02話 異境の大図書館

 上下左右すら分からないほど、現在の自分が置かれている状況が判らない。しかし僅かな浮遊感に包まれると、気がついた時には見知らぬ場所に立っていた。だが微かに既視感のある景色が広がっている。

「俺は女神アストレアの加護を持つ翠緑の勇者エリアスだ。この聖剣テミスにかけて君の力になろう」

 何故だか解らないが、俺の口は勝手に自己紹介の言葉を吐き出した。だがこのセリフには覚えがある。レギンレイヴシリーズのソーシャルゲームである【レギンレイヴ・リコレクションズ】でエリアスが初めて召喚されたときに喋るセリフだ。

「はじめまして、私は軍師のタマキと申します! ここはセフィロトという場所にある図書館で、エリアスさんが居たところから見ると異大陸ということになりますね」
「異大陸……」

 いま俺が立っている場所の両脇に聳え立つ柱のデザインには見覚えがあるし、背後の石板も含めてガチャ画面として散々見たものだ。それにタマキと名乗った女の子が身に着けているローブは、アバターの初期衣装である。なので彼女の言っていることと、この状況は大体わかる。
 レギンレイヴ・リコレクションズは、大図書館の司書《ライブラリアン》たちが管理する年代記《クロニクル》の異変の解決が目標だ。年代記にはそれぞれ【月虹】とか【旋風】などレギンレイヴシリーズのタイトルが記されており、セフィロトの大図書館ではこの年代記の管理を行っている。

「エリアスさんと同じ大陸から来た方も沢山いますよ! みんなに紹介したいので、付いてきてください」
「ああ、わかった」

 なるほど。最近仲間たちが失踪していたのは、この大陸に召喚されていたからか。これは、ここでの事件を解決しないことには帰ることが出来ないのでは無いだろうか?
 舞台となるセフィロトの大図書館は、俺たちが住むローレッタ大陸よりはるか北西に存在するらしい大陸だ。考察班の予想では神竜族や氷竜族が移住した大陸ではないかと、まことしやかに囁かれている地である。そうなると物凄く遠いので自力では帰還不可能だ。

 しかしソーシャルゲームというシステム上、家庭用ゲーム機のようにエンディングが存在しないのが難だ。だが前世でプレイしていた時期は第一部の終章が配信され始めた時期だから、そこまで辿り着けばもしかしたら帰れるかもしれない。
 愛しのミシェルには暫く会うことは出来ないだろうが、召喚されてしまったからには仕方が無いことだと割り切る。

 リコレクションズの導入は、年代記《クロニクル》が突如として現れた謎の敵性生物によって内容を改変されてしまうところから始まる。オープニングムービーではこの地の戦士たちが魔物と戦っているところからになるが、その真っただ中にプレイヤーは原因不明の力によって召喚され戦いへと巻き込まれていくことになる。
 仲間たちとともに歪められた年代記を修正し、各マップのクリア報酬で戦力を整え、敵の拠点である塔を攻略するのがゲーム部分となる。

「皆さ~ん! 新しい仲間を紹介したいので集まってくださ~い」

 ゲーム画面でもエントランスとなる広間には、そこまで人数は多くないがそうそうたるメンバーが一堂に会していた。レギンレイヴシリーズのキャラクター達がシリーズを越えて集まっているので、服飾文化の違いもあってかなり華やかである。

「おー、エリアスじゃねぇか!」

 少し見慣れないが傭兵《マーセナリー》の上級職である剣豪《マスターフェンサー》の装備に身を包んだベルトラムが、声を上げながら近づいてきて俺の背をバシバシと遠慮なく叩く。その声に釣られたのか、俺の周りには見知った顔達が集まってきた。
 しかし口々にかけてくる言葉はどこか違和感があり、俺にはその正体が掴みかねずに居たその時だった。人混みをかき分けて現れた『彼』は親しげに俺と肩を組むと、からかうような悪戯っぽい笑みを向けてくる。

「やっとお前も来たか。ほら、メレディスが待っているぞ?」
「えっ……?」
「まったく……さんざん待たせやがって。三日で見飽きたはずの、何時までも新婚気分なお前たちが見られなくて困っていたところだったんだぞ」

 ゲーム画面で散々眺めていた相手だというのに俺にはこの男が一瞬、誰なのか解らなかった。目を奪われるほどに美しい金糸に、見つめられていると甘く蕩けるような気分になる瑠璃の瞳をもつ美貌の狙撃手《スナイパー》――氷の貴公子ミシェルが俺の目の前に立っていた。

「えっと……」

 しかしこれは知らない人って体で話を進めないと不味いだろう。こっちのミシェルは女の子だ。それに俺はメレディスと結婚していない。助けて親切な人!

「もしかして彼は、最近発見されたもう一つの月虹の世界から来たエリアスなのかな?」

 どうしたものかと視線を彷徨わせていると、俺より少し年下くらいの青年――ドルフと目が合う。彼は俺の戸惑いを察してくれたようで助け船を出してくれた。大陸名ではなく【月虹の世界】と呼んだのはシリーズによっては同じ大陸で別の時代を描く物語だったりするので、出展作品を分ける意味を込めての呼び分けのようなものだ。

 ドルフはリコレクションズの主人公的なポジションのキャラクターだ。代々多くの司書《ライブラリアン》を輩出している名門、ケテル家の侯弟でもある剣士である。セフィロトに所属している司書は年代記へのアクセス権限を持つ人材で、プレイヤーとリコレクションズのオリジナルキャラクターたち四人がこれに該当する。
 基本的にはセフィロトを治める十の侯爵家にしか、年代記へのアクセス権限を有する者は産まれないらしい。しかし異世界から迷い込んできたという設定であるプレイヤーは、アクセス権限だけでなく召喚能力も含めて異例の存在だそうだ。

「もう一つって、どういうことなんだ?」
「口で説明するより実際に見て貰ったほうが早いかな。テオとメテオライトはどこだい? 二人ともこっちへ来て欲しい」

 しかし二人とはどういうことだろうか。出展作品が同じ同名のキャラクターは、重ねることで限界突破が出来る。ガチャでダブりが出て手持ちに複数表示されていても、システム上では同一キャラクターは同時に出撃できないため、重複して存在しないはずなのだ。
 メテオライトの場合は原作である出典元――月虹のレギンレイヴで仲間になったときのユニット名が『テオ』なので、何らかの理由で片方は『メテオライト』というユニット名で実装されているのだろう。

「なぁに? 呼んだ?」
「えっ……もしかしてこっちのエリアスだったの? 気が付かなくてごめんよ~」

 最初に来た一人は吟遊詩人の格好をしているゲームでも見慣れたメテオライトだ。後から来たもう一人のメテオライトは最近では、すっかり見慣れた黒い法衣を身に纏っている。こちらは傍らに一緒に行方をくらましたとされていたエルナも一緒だ。

「行方不明になったって聞いたから、何処へ行ったのかと皆で探してたんだぞ」
「だろうね。僕も突然呼び出されてびっくりしたし。あ~、帰ったら恐ろしい量の仕事が僕を待ち構えているんだろーなー」
「執務はラナンキュラス候が代理でしてくれていた。それとお前が居なくなったショックでオブシディアン殿が寝込んでる。帰ったらちゃんと説明するんだぞ」
「そっかそっか、クォーツ伯父上にはしっかりお礼しないと。エリアスが探してくれていたってことは、もしかしてグレアム陛下にも……」
「捜索の指揮を執っているのがグレアム陛下だ。……でも俺も探される側に仲間入りか」

 二人して項垂れる。グレアム陛下は邪竜ロキとの決戦後、しばらくのあいだは喪に服す意味も込めて戴冠せず王子として過ごしていた。しかし妹であるフェイス王女の婚姻を先にするのは如何なものかと、モンタギュー殿やその他の側近たちに言われ、少し前に聖王の座を正式に継いだばかりだ。
 本来であれば復興途中である国内の整備や慰問、アイリス王国に借りていた負債の返済などに忙しいはずなのだが余計な心労を追加してしまった。

「そっちの僕、どうやって叔父上《オブシディアン》を手懐けたんだい!?」
「え~?  これと言って何かした覚えはないかな。ああでも城を追い出されたときに、叔父上の邸近くを通った僕が挨拶もしないで国外に出たから、いじけてたって聞いたよ?」
「はあっ!? 僕は門前払いされたのに!」

 しかし流石は同一人物だ。きっと服が同じだったら見分けがつかないだろう。王子のほうが若干色艶が良い気もするが、吟遊詩人のほうは砂漠をうろついていたころなのか健康的に日焼けしている気がする。
 しかしやはりメテオライトとオブシディアンは原作だと不仲で合っていたか。ヘリオドールたち幼馴染組は説得するとき最初から友好的だったが、オブシディアンだけはなにか過去に一悶着有ったんだろうなと思えるやり取りがあった。

「ふむ。そのエリアスは俺たちの世界のエリアスではなさそうだな」
「そうそう。このエリアスはメレディスを口説けなかったエリアスなんだ」
「なんだ、フラれたのか」
「フラれてない! 口説いていないだけだ!」

 好き放題言われているが、原作でも俺と氷の貴公子はこんなやり取りばかりしている。メテオライトは便乗しているだけだ。

「他にもっといい女でも居たのか?」
「前にも話したとおり、こっちの世界のミシェルが女の子だからさ~。物凄い美人なのは察しくらいつくでしょ?」
「それはもっと難しいんじゃないか?」

 俺は安くないぞ? と付け足しながら品良く笑う。たしかにミシェルは気難しい。なにせ態度を叱責されたこともある。最近では作法や各種勉強、ダンスのレッスンなどに付き合って貰うこともあるので、結構厳しくされている気もする。

「それが結構仲良いんだよね。まあ、力関係では彼女が勝ってるけど婚約者候補の中では最有力らしいし」
「惚れた弱みという奴だ……って、何を言わせるんだ!」
「お前が勝手に話したんだろう」

 メテオライトにうまい事乗せられて思わず惚気る。それを聞いた氷の貴公子には良い玩具発見って顔をされた。これは暫くからかって遊ばれる予感がする。挙句メテオライトには「きみって結構ぽろっと零すよね」といわれるが、これに関しては前科があるので否定できない。

「なに、素直なのがエリアスの良いところだろう」
「はいはい。ミシェルもメテオライトもおふざけはその辺にして。私はアナベル、この組織で実働部隊の隊長をしているものよ。早速だけど装備とスキルの確認をさせて貰うわね」

 アナベル隊長は戦闘時に役立つスキルのほかにも、武器やアイテムの鑑定、軍師と同じように他人のステータス覗きができるという設定持ちだ。皆の上司という立場なので、おそらくはチュートリアル用に付与されたのだろう。なお公式絵師によるとイメージカラーは服の色と同じ黄色だそうだ。

「装備は聖剣テミス。スキルは後の先、必殺封じ、断罪者の剣、翠緑の抱擁《エンブレイス》の四つだな」
「驚いた。書物では聖剣テミスは近接戦闘しか出来ないものだと伝わっていたけど、間接攻撃も出来るのね」
「えっ、それは俺も初耳なんだが?」
「遠距離攻撃に対して魔法剣で反撃可能って書いてあるわよ?」
「聖剣で水晶の剣みたいなことができるのか」

 しかし聖剣で魔法攻撃の場合、魔法属性はいったい何になるのだろう?
 神聖魔法は違うだろうから、後で案内して貰えるであろう訓練場で色々試して調べるしかない。

「私のアイテム鑑定はこんな感じね。力どころか魔力まで高いみたいだし、やっぱり伝承は当てにならないわね」

 どうやらこの大陸に伝わる俺の伝承は、カビでは無く草が生えているらしい。その証拠にこちらの世界のメテオライトが腹を抱えて笑っている。そりゃあ原作通りの俺と比べられたら差が出るのは当たり前だ。何せこちらは氷の魔女さま特製、改造ドーピングアイテムで魔改造されているのだから。

「そちらの世界の俺が女ということだし、改めて自己紹介が必要そうだな。俺はミシェル。つい先日、リリエンソール公爵になったばかりだ。もとの場所では女王陛下より聖王国の弓兵隊を預かっている。兵種《クラス》は狙撃手《スナイパー》で、この世界では神弓シグルドリーヴァを占有させて貰っている」
「神弓はリリエンソール公爵家で管理してきたんだから当然でしょ。気にする必要ないんじゃない?」
「俺のステータスでそれを言えると思うか?」

 メテオライトのいうことは正論でもあるが、ゲーム的には余り宜しくない感じだ。しかし前世では手に入るドーピングアイテムを全てミシェルに貢いで神弓を装備させてたプレイヤーもいる。前世《わたし》のことだ。
 なおリコレでは装備している武器の付け替えは出撃前限定で出来るのだが、シリーズを超えるという仕様上か神器だけは持ち主が固有になっている。なので高レアリティの神器持ちが自然と優遇される傾向にある。俺と氷の貴公子は神器持ちだがレアリティは☆4なので、性能はお察しだ。

「エリアスさんの育成がてら、午後からは訓練マップの周回をします! メンバーは――」

 本来リコレクションズではレベル1からのはずなのに、俺のレベルはこちらに飛ばされてくる直前と同じ14だ。レベルアップ回数は残り六回。カンストは見えないが、平和になったローレッタ大陸よりはレベルも上がりやすいだろう。

 昼食を取った後は予想通り訓練マップを鬼のように周回させられ、その残りのレベルアップも全て使い終わった。勇者レベル20になった俺のステータスは当たり前だがカンストしたものは無い。力に到っては上限30なのに妖怪イチタリナイが仕事して29。幸運など相変わらず7のままだ。
 そんなこんなで俺の異大陸生活が幕を開けることとなったのだった。
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