07.『愛しています』

 ここ数ヶ月、貴族連中と顔をあわせるたびに話題に上がる『赤薔薇の君』。王女の心を射止めた謎の貴公子の話題でこの国の社交界は持ちきりだ。
 他にも気にかけるべき話題は幾らでもあるくせに、他人の色恋沙汰となると野次馬根性が激しくなるのはどうにかならないものか。仮面舞踏会という場に現れた謎の貴公子の正体を探ろうと参加した様子の貴族の多いことといったらない。
 しかしこうして広く知られてしまったのは俺のミスだ。特定されてしまったわけではないが、貴族というのは余計なことをする奴も少なからず存在する。『今まで王女との婚約を拒否し続けていた公子が求婚している』など知れれば、フェイス様やその他王族に取り入るネタとしては十分な素材なのだ。仮面舞踏会だという事を隠れ蓑に、普段は押さえているフェイス様への感情を表に出してしまったのが影響してしまったのかもしれない。

「エリアス。俺は少し向こうへ行ってるから、メレディスから離れないようにしてろよ?」
「わ、わかっている」

 戦場では勇猛な友人も仮面舞踏会という享楽の場にしり込みしているのか腰が引けているようだ。しかしフェイス様が会場内に入ってきたのが見えたので俺は一時的にこの場から離れる。こういった際に遠くまで見通せるこの目はとても役に立つ。
 メレディスとエリアスはこのままフェイス様に挨拶をするつもりらしく、それに同席なんてしようものなら俺の正体があの方にバレてしまう。

 まだ少しぎこちないエスコートでエリアスがメレディスと共にフェイス様のもとに向かったのを、誰にも邪魔されない場所から隠れ窺う。
 髪の結い方は先日とさほど変わりないものの、フェイス様がその身に纏うドレスは今この国で流行中のデザインのものだ。胸元を強調するかのような作りと、今までよりも倍以上はボリュームがあるのではないかというくらいのスカートには刺繍やレースなどがふんだんにあしらわれている。

 真っ赤な生地のドレスに金糸で刺繍を施されたドレスは華やかで、こういった場にはふさわしいと思う。
 しかしなぜこんな派手なドレスを選んでしまったのだろうかと思わず頭を抱えてしまいそうにもなる。
 フェイス様の清楚な魅力を最大限に生かすのは淡い色合いのドレスだ。先日の深い緑色のドレスも彼女の魅力を再発見できた素晴らしいものであったが、今宵のドレスは少々品がない。しかしこういったことを直球で伝えるのは心証がよろしくない。角が立たぬようそれとなく伝える必要がある。

「またお会い出来ましたね」

 気をきかせてくれたのかメレディスが場所を譲ってくれたので、そっと近付くと軽く腰を曲げ片手を彼女へ向かって差し出す。先日と同じく、フェイス様は特に迷った様子もなく俺の手を取って下さった。

「今宵のドレスは先日とは随分と印象が違いますね?」
「少し派手過ぎましたでしょうか?」

 都合のいいことに女性というのは身に着けているものの話題を好むことが多い。
 なので言い回しに気を付けつつ、この方がどこまでこの華美なドレスを気に入っているかを探る。度合いとしては中くらいといったところであろうか。

「いえ。先日のドレスに比べると情熱的に感じましたので、お気を悪くされたのなら申し訳ない」
「いいえ、お気になさらず。ドレスの流行というのは難しいので私も試行錯誤中なのですよ」

 情熱的とは言ってみたものの、この言葉にはおおよそ二パターンの用途がある。一つは文字通りの意味で、もう一つは派手や暑苦しさなどをそれとなく相手に伝えられる。
 どうやら最近流行りだしたドレスの研究段階だったようで、俺の意見を少しは参考にして下さるかもしれない雰囲気だ。他の女性たちに比べれば胸元の露出が少ないのは、奥ゆかしいフェイス様らしく彼女の清楚な部分を感じられる。

「どのようなドレスでも貴女が身につければ流行など関係なく、全てが貴女の魅力を引き立てるものとなりますよ」
「相変わらずお上手ですのね」
「貴女の心を独占できるのならば」

 俺と彼女、二つの瑠璃が重なる。俺が今日、身に着けている仮面は先日のものとは違い目元が出ているものだ。視線がかち合えば色も形もはっきりと認識できる。

「貴女への想いは日に日に募るばかりだ」

 簡単に折れてしまいそうな細い腰をそっと抱き寄せ、耳元で甘く囁く。もう少しで唇が肌に触れるくらいまで近づいたところで思いとどまると香水の匂いだろうか、ほんのりと花の香りがする。

「貴女に会えなかった日々は苦痛で胸が張り裂けそうだった」

 本来であればこのように触れることすらかなわない相手だ。想いを寄せることも許されるべきではない。

「ですが夜空に輝く月のように手が届かない」
 
 別れ際、今宵も俺は赤い薔薇をフェイス様に捧げる。捧げた薔薇は三輪。意味は『愛しています』と『告白』だ。
 以前の分も合計すれば四輪となり、意味合いは『死ぬまで気持ちは変わりません』となる。
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