06.別れの口づけ

 数週間ぶりにくぐる門は相変わらずで、出迎えてくれる黒服の応対も手慣れたものだ。
 エリアスに言われて心を決めたとまでは行かないが、今日はこの場に一つのケジメを付けに来た。
 彼女は俺の専属といっても良い娼婦だ。他の買い手がつかないことも無いだろうが、年齢的にもそろそろ辛いものがあるだろう。
 ここにはもう来ないという意味も込めての手切れ金と、もし娼婦をやめて新しい仕事を探す場合の準備を済ませてきている。

「まあ、ミシェル様。お久しぶりでございます」
「久しいな。……今日は君に話があってきた。大事な話だ」
「……お別れ、でございましょうか?」
「話が早くて助かる。こちらが手切れ金だ。もし他にやりたい仕事があれば紹介状も用意してある」

 珍しく従者を連れてこの場に訪れたので、彼女もすぐに俺の要件に気が付いてくれたようだ。
 俺は従者に目配せし準備してきた品を彼女に見せる。手切れ金だけでも向こう数年はのんびりと暮らせる額だ。
 後腐れの無い関係というのは相手を蔑ろにしなければ、関係を断ち切る際の手続きをきちんと踏めば問題ない。
 手切れ金には愛人への慰謝料の意味も込められている。これは今後、二人の関係を蒸し返さないことを約束させるためでもある。

「新しい仕事に関しては故郷に戻ってから決めようかと存じます」
「たしかスターチス伯爵領の生まれだったな。あの辺りであれば温暖だし、仕事に困ることもないだろう」

 必要なことを済ませたので屋敷へ帰ろうとしたところで、彼女が何か言いたげにしていることに気が付いた。
 ここで何かやり残していれば後々面倒が起こるかもしれない。そう思い、まだ何かあるのかと問いかけを投げかけた。

「では最後に、口付けを頂けますか?」
「額で構わないか?」
「はい。貴方様より祝福を頂ければ、よい門出となりましょう」

 そっと前髪を持ち上げ彼女の額へと軽く口付けると、そのまま挨拶を済ませ娼館を後にした。
 その後は一切の女遊びを経ち、騎士の職務と友人への教育を行う日々が続く。

 夜会の度に別れた令嬢たちに縋りつかれるのはさすがに嫌気がさしたが、彼女たちとは一緒に食事やお茶をしただけの知人でしかないのだ。
 貴族社会に生まれた以上は自由恋愛など無駄な幻想でしかないことを彼女たちにはいい加減理解してもらいたいものだが、つい半年もしない間にメレディスが愛する男と結ばれたせいもあってか多くの令嬢たちが夢を見てしまっているらしい。

 そしてまた開催された仮面舞踏会。今度はメレディスの家が主催しているのだが、彼女から招待状を渡されたときに聞きたくもない言葉を聞いてしまった。

「|あの子《フェイス》も招待してあるから」
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