第五話 エリアス道場開幕

(改)2019/08/16
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 翌朝――食事を済ませた俺は、わざわざ迎えに来てくれたレックス殿に連れられて、騎士団の訓練場に来ていた。
 各小隊ごとに基礎訓練をしているところのようだが、騎士団長であるレックス殿が見知らぬ人間――俺を連れていたことで注目を集めたのか、すぐさま集合し整列した。

「諸君、今日からこのエリアス殿の指導の下、訓練を行ってもらう。エリアス殿はかの悪竜ニドヘグを退治した勇者だ。諸君らとは比べ物にならぬほどの修羅場を潜り抜けた彼の経験と技を存分に学んでほしい」

 その場がしんと静まり返る。無理もないだろう、ここにいる騎士という連中は家格の差はあれど、貴族の家に生まれたものたちだ。
 それがぽっと出の勇者――しかも傭兵上りの異教の加護持ちというおまけつきに戦い方を学ぶなど、侮辱されたという感情が表情だけからありありと感じ取れる。
 訓練場が嫌な沈黙に包まれる中で、一人の騎士が前に出た。見紛うこともない、メレディスである。

「騎士団長、聖騎士団の力があれば異教の勇者の力など必要ありません!」

 彼女の言葉に煽られたのか、騎士たちが一人また一人と異を唱える。嫌悪感を隠しもしない表情で罵声を次々に浴びせられる。
 そしてメレディス。せっかく可愛い顔をしているのに、そんなに眉を吊り上げて怒った顔をしてしまうのはもったいないぞ。

「ならばお前たちの誰か一人で良い。エリアス殿から一本取って見せよ」

 騎士団長のその言葉をきっかけに、一対一の模擬戦が始まった。しかし彼らの動きはどれも基本に忠実――実践をほとんど知らないお上品な剣術だった。
 ひとたび戦場に立てば、そんなものは役に立たない。足を引っかけて転ばせたり、砂を蹴り上げて目くらましなどよくある手なのだが、彼らの誰一人として対応できたものは居ないのがここまでの結果だ。
 槍のほうが得意なものはそちらを使わせたのだが、せっかくのリーチの差を上手く生かせず、俺にとっては懐に飛び込み放題で脇腹つつき放題だ。
 聖騎士《パラディン》や重装騎士《カタクラフト》たちを一通り打ち負かしたところで、まだ一人も挑んできていない魔導騎士《マギナイト》のほうに目をやる。俺に挑む気でいるメレディスと、それを止めようとしている騎士が少しもめているのが見えた。

「魔導騎士《マギナイト》は誰も挑戦しに来ないのか?」

 わざと挑発するようにメレディスに声をかける。これ以上、彼女の怒り狂った顔を見るのは御免被りたかったが、ミシェルと話すきっかけを作るために彼女とは一度、剣を交える必要があるのだ。
 魔導騎士も昇格前は剣と槍を扱う騎士なのだから、剣の腕がからっきしということはないだろう。原作では負けず嫌いで男勝りな彼女なら、これだけ言えば勝負の場に上がってくるはずだ。

「私が相手になろう!」

 訓練用の剣を構えメレディスが切りかかってくる。俺はそれを軽く躱すと剣を持っていないほうの手で軽く拳を叩きこんだ。
 流石に女の子相手に全力パンチとか男のすることじゃないし、軽く吹き飛ぶ程度に調整して彼女のダウンを狙ったのだが、ふらつきながらも彼女は立ち上がった。

「まだだっ!」

 中途半端に加減したのが悪かったのか、彼女の負けず嫌いに火をつけてしまったらしい。そういえば小説でも、こんな感じで何回も手合わせしてたっけか。
 しかし騎士とはいえ、女の子を何回も殴るのは気が引けるので今度は武器を狙うことにした。彼女の体格的に剣より、魔導のほうが得意だろうと踏んでいるので、攻撃を武器で受け止めて絡めとり弾き飛ばすのは容易いだろう。
 俺の狙い通り、彼女が切り込んできたタイミングに合わせて鍔迫り合いに持ちこむと、腕力と体格の差を生かして彼女の持つ剣を弾き飛ばした。

「そこまで! 勝者エリアス!」

 俺がメレディスの剣を弾き飛ばすと同時に、レックス殿が高らかに宣言する。当然といえば当然だ。原作ゲームでは一度だけローレッタ聖騎士団が友軍として登場するのだが、彼らのステータスはよく昇格できたなと言いたくなる数値なのを覚えている。下級職すっ飛ばして上級職からスタートすると多分あんな感じだ。

「これで解ったであろう。諸君たちの未熟さが」

 レックス殿の厳しい表情と共に、重苦しい声音が訓練場に響く。俺に挑戦した騎士たちも、実力の差を見せつけられたのもあってか誰も文句を口にしなかった。
 そしてメレディスが怒りのこもった表情で俺を睨んでいるが、何も言い返せないことが分かったせいで強く拳を握りしめていることもよく見えてしまった。たぶん、今の俺はひどく冷めた表情をしているだろう。実はもう少しマシかと思っていたのだが、興醒めする弱さだったのだから。
 彼らがふだん馬鹿にしている平民、しかも傭兵ごときに手も足も出ずに、一・二回切り結んだだけで地に伏す羽目になったのだ。これを情けないと言わず何というのだろうかという状態だ。

「本日より基礎訓練を増やす。その後は実戦形式での戦闘訓練、一週間後には森に発生する魔物の討伐を騎士団のみで行い、以降も定期的に執り行う」

 それから今までの倍になったという基礎訓練を騎士たちとこなしたのだが、俺にとってこの程度は準備運動にしかならないのだが騎士団員のほとんどがばてているのが目に見えて分かった。
 そうして午前中の訓練が終わり食堂で昼食をとっていると、先ほどメレディスを止めていた魔導騎士に話しかけられた。

「エリアス殿はローレッタの生まれなのかい?」
「あぁ。とはいえ辺境の田舎町でな」
「俺も田舎生まれなんだ。一応は男爵家なんだけど、領民と一緒に畑耕しているような貧乏貴族でさ。ここの人たちとはあんまり話が合わないんだ」
「ははっ、確かにそうかもな。さっきの手合わせの時も、きみ以外は俺に敵対心が凄かったし」
「あれ? 覚えていてくれたの?」
「さっきの女騎士を止めていたのは君だろう?」

 ロビンと名乗った魔導騎士は貴族らしくない貴族で、どこにでもいる普通の青年といった印象だ。
 魔導騎士にしては体格がいいと思っていたが、民に混ざって農業をしていたのなら納得だ。平民に対する差別意識も無いようだし、彼の人懐っこい性格は俺にとっても付き合いやすいと思った。

「メレディスはね、昔から気が強かったんだ。小さいころからお父上――騎士団長に憧れて騎士を目指していたから剣を学んでいたんだけど、同年代の子たちはほとんど負かされてたってくらい」
「男勝りな女だとは思ったがそこまでしていたのか?」
「お父様より強い男じゃないと嫁ぎたくないって公言してるからね。おかげで毎年団長に打ち負かされる男が増えてるみたいだよ」
「貴族の女性なのに婚約者が居ないのか? 彼女もそろそろ適齢期だと思うが?」

 ミシェルとメレディスが婚約していない、という事実をここで知ってしまった俺は焦りを感じた。
 これではミシェルと話をするきっかけが無くなってしまうじゃないか!

「まぁ、普通はそうなんだけどさぁ。ロザリー公爵家は長男が継ぐだろうし、政略結婚にもあまり乗り気じゃないみたいだからね」
「家格を合わせて婚約させるというのはよく聞くが、他の公爵家からの打診もなかったのか?」

 とりあえず遠回しにミシェルのことを聞いてみる。このローレッタ聖王国には五つの公爵家があるので、話題くらい出るだろう。
 もしかしたら、とっくに婚約解消しているのかもしれないし。智謀には長けるが武勇はないミシェルも挑戦させられて、レックス殿に負けているとかあるかもしれないし。

「五大公爵家で、適齢期の独身者がいるのはリリエンソール公爵のとこくらいなんだけど、あそこは公爵の一人娘だからなぁ」
「えっ、一人娘?」

 俺の耳がおかしくなったのだろうか? 一人息子じゃなく一人娘ってミシェル居ないじゃん。推しとの友情ライフ返せ。この世界に氷の貴公子いないとかやる気うせるわ。と思っていたところでロビンがリリエンソール公爵の一人娘のことを教えてくれた。

「リリエンソール公爵の一人娘っていうのは、ミシェルっていう美人さんでね。魔導の研究が趣味で、今まで一つしかなかった氷魔法に、新たなものを作り出した天才だよ。氷の魔女っていえば傭兵だったエリアス殿にも聞き覚えくらいあるんじゃない?」
「氷の魔女……イービルアイの群れをあっという間に制圧したという魔導士のことか!?」

 氷の魔女と呼ばれる魔導士《メイジ》の話は、傭兵たちの間でも有名だった。聖王国の正規軍には目立った武勲を持つ有名人が少なかったのもある。
 イービルアイはその名の通り邪眼という面倒な攻撃を仕掛けてくる魔物で、その目に射抜かれると状態異常《バッドステータス》を巻き起こし最悪の場合は死に至る。それが数年前に大量発生した際に俺も討伐隊に参加したのだが、そこでミシェルに会っていたかもしれないと思うとなんだか勿体ない気分になる。
 しかしあの戦場では魔法防御の低い俺はあまり役に立てなかったのもあって、補給部隊の護衛役をしていたので彼女の姿は見ていないはず。原作では物凄い美青年なので、彼がこの世界で女性として生まれているのであれば、それはもう美人に間違いないだろう。

「そうそう、その魔導士がミシェルだよ。まぁ、あの討伐隊での活躍で賢者《セージ》に昇格したんだけどね……ってもうこんな時間だ、訓練場にもどろっか」

 話し込んでいるうちに昼休憩が終わり午後の訓練が始まった。
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