04.『貴女しかいない』

 王都の中心に聳えるこの白亜の館に仮面舞踏会の参加者たちが次々と馬車で乗り付ける。
 カーテンの隙間から来訪者を確認しつつ、目的の相手が到着するのを待っていると、殿下がお忍びで使われる馬車が到着した。扉が開かれると深い緑色のドレスを身に纏った女性が降りてくる。見間違うはずも無い。フェイス様だ。
 俺は用意しておいた嘴の仮面をつけて瞳の色を隠す。俺の持つ瑠璃色の瞳はこの国では王家の血を色濃く引いている証だ。この程度のことで身元が割れてしまうのは宜しくない。

 仕入れた情報によるとフェイス様はダンス嫌いを克服するために、この仮面舞踏会に参加なされている。しかし普段のあの方の様子から、踊ったとしても三曲ほどが限界だろう。
 変な男が近寄らないようにするための手配は済んでいる。まず最初に年齢の近い俺が一曲目のお相手を務め、次に父上。三曲目には懇意にしている愛妻家の貴族を宛がう算段だ。四曲目も踊りそうな場合は俺か父上が談笑の後に誘う。
 本来であれば他の男がフェイス様に触れるなど許し難い行為だが、聖王家の人間として堂々とした振る舞いを求められるからこそ、夜会ごときであれば恙なく乗り越えてほしいのだ。

 フェイス様が本日お召しになっているのは先程も遠巻きに確認したとおり深い緑色のドレスだ。普段は淡い色合いのドレス姿が多いので、シックな色合いも相まって大人びた印象を受ける。
 髪の結い方も普段のような大人しい雰囲気のものではなく高い位置で結い上げられており、白磁のように美しいうなじにはそそるものがある。
 ホールに入ってきて間もなくは少々緊張しておいでなのか、少しうつむき加減に周囲を確認している。俺が確認できる範囲で五人ほどが下心を含んだ視線を彼女に向けていた。そんなことはさせるものかと俺は少々足早にフェイス様へと近付くと、余り音を立てずに近付いたせいか顔をお上げになられたフェイス様は少し驚いたような様子を見せた。

「こんばんは、美しいお嬢さん。よろしければ私と一曲踊っていただけませんか?」
「はい。よろこんで」

 フェイス様をダンスに誘うなど今までに一度もしたことが無かった。いや、出来なかったのほうが正しい。この大陸では余りメジャーな知識では無いが近親結婚は子孫に悪影響を及ぼす。
 お互いの立場的に子を成さないなど有り得ないし、こちらは散々と婚約の申し入れを断り続けているのだ。普段の夜会ではこうして彼女の手を取り踊ることなど出来るはずも無い。

「こういった場にはあまり参加されないのかな?」
「仮面舞踏会は初めてです。普段は夜会に参加しても家族としか踊らなかったので、慣れていないように見えるのでしたらそのせいかと」
「おや。それでは私は家族以外では初めてのお相手を務めることができましたか。これは嬉しいことを聞けました」
「まぁ、お上手ですのね」

 少し分かり辛いが、仮面の端から僅かにのぞくフェイス様のお顔はほんのりと赤く染まっているのが見える。
 仮面越しにフェイス様を見つめながら他愛もない話をしつつ踊り続けるが、曲が終わってしまうのがこんなにも名残惜しいと思えるのは初めてだ。
 しかし今までずっと狙っていた初めてのお相手も務めることができたのは、我ながら喜ばしい出来事だ。

 フェイス様と別れたあとは他の誘いをそれとなく躱しつつ様子を探る。
 今のところは予定通りに事が進み、三曲目が終わったところでダンスの輪の中からフェイス様が出ていらした。
 父上とも何か話をしながら踊っていらしたし喉が渇かれていることだろう。給仕からワインの入ったグラスを受け取ると、俺は偶然を装って彼女へ近づきグラスを差し出した。

「お楽しみいただけているようで何よりです」
「それが今日の目的ですもの。でも流石に普段はこんなに踊らないせいもあって、少々疲れてしまいましたわ」
「ふふっ。では、今夜の思い出にこちらを受け取っていただけますか?」

 差し出したワインを半分ほど飲んだのを確認したところで上着から外した赤薔薇を差し出す。

「今日この場所で、私という男と出会ったのだという記憶として貴女に受け取ってほしいのです」

 捧げた薔薇は一輪。意味は『一目ぼれ』や『貴方しかいない』。聡明な彼女であれば、この意味は調べるまでもなく解るだろう。
 我ながら随分と軽率なことをしてしまったが、もう引き下げることもできない。
 今まで散々、彼女との婚約を拒否してきた男がこのような行動を取ったとしれれば、王家は間違いなく俺とあの方の婚約を取り決めてしまうだろう。
 そうならないことを祈りつつ、彼女への想いを俺はこの胸に秘めたまま生きていくのだ。
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