03.秘めた思い

 女性関係で少々派手に問題を起こしてしまった際は父から御叱りを受けたが、今日のような朝帰りは咎められることはない。
 そもそも女を抱くこと自体は責められることがなく、妻を娶ったのち初夜で失敗しないためにと、独身のうちは後腐れの無い女を割り当てられることがある。

 俺は公爵家の跡取りとして家の運営に関しては少しづつ手伝い学んでいるが、それでも騎士としての宮仕えが多いので執事などに任せることが多い。
 リリエンソール公爵家は他家に比べると一族の人数が多いので、領主代行なども立てやすいのもある。なので実際に俺がやっていることといえば他家とのパイプ作りだ。

 つい先日まで俺の婚約者であったメレディスの家みたいに、元から親しい間柄の家であれば特に問題ないのだが、六百年以上の長い年月を経て肥大化したこの国は一枚岩とはいいがたい。なので不穏な動きや利害関係のある家の調査なども仕事である。
 茶会であれば暫定的に味方といえる相手からの情報収集、そして夜会などの社交の場は人間関係を観察するには絶好の機会となる。
 特に仮面舞踏会という形式であれば、表向きは参加していないと言い張ることもできるし、そもそも仮面で素顔を隠し名を伏せ身分を明かさずに参加する会において詮索は無粋とされる。
 なので招待客の中に偽りの身分を与えた間諜を紛れ込ませ、情報を集めるという手法を取るようにしているのだが、近日開催予定の父主催である仮面舞踏会の招待客一覧を主催者側の人間として確認していた際に、そのような場に来てほしくない名を見つけてしまった。

「父上。フェイス様を仮面舞踏会に招待するだなんて、いったいどういうおつもりですか?」
「陛下から色々と相談されているんだよ。フェイス様は聡明だし、迂闊なことはなさらないはずだからね。そんなに心配なら、お前が近くに侍っていなさい」
「……失礼します」

 出来る限り怒りを抑えながら父の書斎を後にする。この家では感情を素直に出したところで無意味なことは幼いころより理解している。ならば問題が起きないように下準備をするまでだ。
 そもそも仮面舞踏会というのは、既婚者たちが遊び相手を探す場所だ。毎度のように若い男を引っ掛けては個室へとなだれ込んでいる夫人なんかも存在する。
 ようするに、フェイス様を招くには下品というか、いささか問題が多い。名前と身分を隠せるのは都合が良いのだが、そのぶん相手も強引に誘ってくることがある。

 フェイス様には他の令嬢たちと違い嫌味なところがなく、他者の悪口や嫌がらせのように何かの拍子に醜聞《スキャンダル》の原因となりうる言動もない。
 あのお方には常に清廉潔白でいて欲しいし、この国の汚い部分を見せたくない。
 仮面舞踏会自体は適当に乗り越えるつもりでいたのだが、こうなってしまえば仕方が無い。出来る限りの力を以て余計な男どもがフェイス様に近付かないよう手配するだけだ。

 参加者のなかでこちらの事情を汲んでくれて尚且つ無害な相手は居ないかと、招待客一覧を思い出しながら廊下を歩いていると中庭に咲き誇る薔薇が視界に入ってきた。
 この薔薇は以前、俺とメレディスが婚約していた頃に枝分けして貰ったロザリー家の花だ。もともと父上たちの仲が良かったので俺たち子供をダシにしたのだろう。
 本来であれば婚約を解消した時点でこの花も処分するべきなのかもしれないが、父上たちの友情の花でもあるのでそのままとなっている。
 もともと我が家で育てていた薔薇と掛け合わせて幾つかの新種も生まれており、そのなかでもひときわ目を引く赤薔薇に手を伸ばす。

「夜会用にこの花でコサージュでも作らせるか」

 ぶつり、と音を立て棘が指に突き刺さる。傷を負った指先の感覚が仕事に差し障るかもしれないが、この国は恐ろしく平和だ。ぬるま湯の中といっても可笑しくはない。
 一輪の赤い薔薇、か。我ながら直球な表現過ぎるかもしれないが、もしもの時に役立つかもしれない。
 本音と打算が入り組んだまま支度は進み、ついに仮面舞踏会の当日となった。
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