第四十二話 草原の勇者と賢者

(改)2019/08/18
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 夜が明ける。空は青白く澄み渡り絶好の昼寝日和といいたいところであるが、リリエンソール渓谷に吹き荒れる砂ぼこりがすぐさま現実へと引き戻してくれる。
 朝というのは兵の士気が最も高く鋭い時間帯だ。これは昼にかけ徐々に下がり、夕暮れ時には最も低くなる。

「準備はいいか?」
「あぁ。ルシアもよろしくな」

 イレーヌ王女に促され俺は飛竜に乗り込む。ルシアに挨拶をすると飛竜独特の唸り声のような返事が戻ってきた。
 敵を釣り出すために朝一番で出発した騎兵部隊の様子を伺いながら、俺たちは天馬騎士団とともに少数で目立たない高度を保ちながら渓谷を旋回する。

 遠巻きに騎兵部隊が敵の騎兵部隊と衝突したのを確認すると第一段階の準備のための合図を出す。
 落石計は少なからず人員が必要になるので何ヶ所かは持ち回り制になるのだが、この渓谷は実に良い作りをしていて高所にある落石計向けの場所は移動がしやすいようになっている。もっとも敵が高所まで突撃してきた場合はそれが弱点にもなるのだが、王都に近い場所は登れる場所が限られているので敵軍の編成に竜騎士団がいない今は特に問題はない。

 前線の騎馬部隊はある程度戦闘をこなしたところで撤退してきたので二度目の合図を出すと号令役が一斉に身構えるのが見えた。
 王都に近い渓谷の入り口まで騎馬部隊が入ってきたところで再びの合図を出す。もう少し進んだところが一番最初の分断ポイントだからだ。ここでタイミングを間違えると味方が巻き込まれたり取り残されてしまったりするので注意を払う。

「岩を落とせ!」

 騎兵部隊が二手に分かれ敵軍もそれにつられる形で二分したところで進行方向と退路に無数の巨岩が転がされる。
 数騎ほどは突破されてしまったようだが、これは想定の範囲内なので待ち構えていた傭兵隊の手によって落馬し次々に斃されていく。
 前後を挟まれ逃げ道を失ったものたちも弓兵と魔導士たちの攻撃によって断末魔の叫びをあげることとなった。

 号令を出したルイス王子は予定通りグレアム王子と共に高所に陣取っていたのだが、すぐさま兵たちを連れ後退していく。
 今の落石計で塞がった道は三叉路の中央と東側だ。西側には天牢の地形となる場所が二ヶ所ある。
 解放軍は竜族をすべて誘い出せるとは思っていないので最低でも二体斃せれば御の字だろう。

「あちらも落石には気がついているだろう。我らはわれらに出来ることをするぞ!」

 イレーヌ王女の号令で天馬騎士団が一斉に飛び立つ。騎馬部隊を除けば敵の編成は歩兵と竜族だけだ。
 竜族は数体だけがこちらに向かってきているようだが、それでも歩兵に比べると移動の足は遅い。
 天馬騎士団は一度高く飛び上がると次々と滑空し帝国の歩兵部隊を蹴散らしていく。
 しかし天馬騎士は女性しかいないというのもあってか竜騎士などに比べると力が弱く、守備の高い敵は倒しきれていないようだ。
 なので俺は水晶の剣を掲げ、見るからに守備の固そうな敵へと攻撃を繰り出す。

「ふむ。勇者というのは魔力も秀でているのか」
「いや。これにはちょっとした事情が……って今はそれどころじゃないだろう」
「あぁ。そうだな。全軍、次の作戦に移るぞ!」

 竜族の姿が近くに見えてきたところで天馬騎士団は渓谷を飛び進む。目指すは二ヶ所の天牢だ。
 絶妙な距離を保ちつつ天馬騎士団は二手に分かれ、こちらへと向かってくる竜族をそれぞれの天牢まで誘いこむと一斉に上空へと逃げる。
 天馬騎士団がはけたところで魔導士と弓兵による一斉攻撃が行われた。

 上方からの一方的な攻撃に対し竜族は炎の息吹《ブレス》を吐き出すも、高い断崖が邪魔となり攻撃は届かないままだ。
 帝国にいる竜族の多くが火竜族というタイプの竜族だ。これが氷竜族であれば足場が凍るなどして大惨事になるのだが、風上に立つ解放軍にとっては接近されなければ脅威にならない状況へと持ち込めたようである。

「姉さま! あっちの部隊はちょっと火力不足みたいだよ」
「わかった。エリアス殿、あちらの竜族に接近する。しっかり捕まっていてくれ」

 俺たちが見ていたほうとは別の、もう片方の部隊のほうは魔導士の数がこちらより少ないせいもあってか決め手に欠けているようだ。
 様子を伺っていたシュゼット王女に促され手綱を握りなおしたイレーヌ王女は、一度飛竜の高度を上げると一気に急降下し槍で攻撃を叩きこむ。その隙に俺はルシアから飛び降りると聖剣テミスを構えた。

「うぐぐ……人間ごときが、調子に乗るなよ」

 竜族はその大きな口を開くと再びブレスを吐き出してきた。標的はこの場にわざわざ飛び込んで来た俺だ。
 弓兵による攻撃は誤射を避けるために止まっているが、魔導士たちの攻撃はタイミングを見て続いているので援護には困らないはず。
 俺は横に大きく飛びブレスを回避する。そのまま魔導士たちの攻撃の隙間を縫って突撃し、竜族の固い鱗に聖剣を突き刺し勢いよく切り上げた。
 大きく腹が裂け相手が仰け反ったところで、もう一撃叩きこむと、体力の限界なのか竜族はその巨体を地に伏した。

「お、おのれ……神竜族…………」

 倒れながら憎まれ口を叩いたのは神竜族――女神アストレアに対してだった。
 神竜族というのは竜族の一つで、俺の持つ聖剣テミスは女神アストレアの前任である神竜テミスの牙から作られたものだ。
 この大陸で『神』と呼ばれるものたちの殆どがタイプが違うだけの竜族で、神竜族は大陸の歴史の中でもほとんど姿を見せたことがない種族になる。

 いくら相手が竜族とはいえこのまま放っておくのも可哀そうだと止めを刺そうとしたところで、俺の身体は何者かによる魔法攻撃によって吹き飛ばされる。

「あらあら。こざかしい真似をしてくるかと思ったら『翠緑の勇者』までいたのね」

 魔導書を手に佇む魔導士――魔女キルケは不敵に笑いながら俺のほうを、まるでゴミでも見るかのように一瞥した。
 深い緑色の縦ロールを指でくるくると弄りながら杖を構える。持っているのは離れた場所にいるものを呼び寄せることができるサモンの杖だ。
 魔女キルケが杖をかざすと、誘い込めずにいた四体の竜族と五体の合成獣がその場に姿を現した。

「さぁ、お前たち。こいつらを一人残らず殺しなさい」

 今の解放軍の兵力では竜族を同時に四体も相手にするどころか合成獣だけでも手に余る。
 万事休すかと思ったのもつかの間、騎馬の嘶く音と共に一騎の遊牧民が戦場へと飛び込んで来た。

 金色に輝く弓を携えた青年が乗る赤毛の馬は竜族に恐れることなく駆け回り、主人が攻撃を繰り出しやすいよう縦横無尽に動き回る。
 黒に近い緑髪の隙間から覗く鋭い眼光が敵を捕らえると、一本の矢が竜族に向け放たれる。
 見事に額を打ち抜いた矢は強い光を放つと、射抜かれた竜族は塵となり消え去った。

「間に合ったようだな」
「マーリン!」

 リワープの杖で接近してきたのか、マーリンはいつの間にか俺のそばに立ちヒールの杖で怪我の治療をしてくれている。
 隣には緑色の表紙に金色で縁取られた装丁の魔導書をもった、理知的な雰囲気の少年が立っている。

「マーリン殿。僕はフェオの援護に回りますので失礼します」
「わかった。くれぐれも無理はしないように」
「それくらい解っています。では」

 先ほどの遊牧民――フェオと常に共にあるのがこの魔導士ラーグだ。彼が持っていた魔導書は【神風シグルーン】で、フェオが持っている弓は【神弓シグルドリーヴァ】だ。
 ウィステリア地方の英雄とも称される『草原の勇者』と『草原の賢者』。これが彼らを表す言葉である。
 フェオは少々どころかかなり寡黙であまり言葉を発さないタイプの男で、ラーグはフェオ以外に懐かない男だ。
 ラーグはフェオに続くように竜族を屠っていき、しまいには合成獣まで二人だけで蹴散らしていった。

「テオに言われて草原と聖王国の境目まで迎えに行ったのだが、なかなかに説明が難しくてな。アゲートという騎士はどこに?」
「少し南にある落石計をした場所辺りに居るはずだが?」
「ふむ。では挨拶は後回しで良いな」

 そう言ってマーリンは杖をしまうと魔導書を取り出した。瑠璃色の表紙に金色で箔押しされた魔導書だ。
 俺はこの魔導書を一度だけ見たことがあった。森で竜退治をしたときにミシェルが持っていた魔導書と同じものである。

「せっかく弟子に貰った魔導書だからな。使ってみなくては勝手も判らないだろう」

 魔導書を開き陣が展開されると吹雪と氷柱が飛び、魔女キルケを襲った。

「くぅっ、おのれマーリン!」

 魔女キルケの兵種は賢者で魔防が高いからか身体の三分の一ほどは氷に包まれたようだが、動きを封じるには足りなかったのかリワープの杖を取り出すと逃げるように去っていった。
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