第三十六話 船上にて

(改)2019/08/17
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 ローレッタ聖王国の解放のため、船で本土を目指しているルイス王子が率いる解放軍の船団は順調に航路を進めていた。
 現在は全行程のおおよそ半分ほど進んだところだろうか、俺は込み上げる吐き気と格闘しながら甲板での見張りについていた。

「エリアス殿。大丈夫か?」
「船室で寝てるよりは、幾らかマシだ……うっぷ」
「身体を締め付ける服装だと酔いやすいと聞いたことがある、少し襟を緩めてはいかがか?」
「そうなのか……?」

 船室にいるよりは新鮮な空気を吸えるこの場所にいたぶん、多少マシになっては来ていたのだが辛いものは辛い。ついでに甲板のほうが嘔吐もしやすい。
 青ざめた顔をしフラフラと動く俺を心配してかアゲートが身体を支えてくれた。
 今の時期はそれなりに肌寒いので襟元をできるだけ締めていたのだが、それが船酔いの要因になっていたとは恐ろしい。

「首元が詰まっていると多少でも呼吸が苦しくなるだろう。酸欠状態になるのは余り宜しくない」
「鎧を脱げれば一番なんだけどな」
「船室で休まれていてもよいのではないか? 人数も十分おりますし」
「いや、流石にいつ敵襲があるかわからない状態で鎧は外せないよ。ここで大人しく吐いてることにする」
「落ち着いたらきちんと口を漱《すす》ぐのですよ?」
「わかってるって。アゲート殿は俺の母親か」
「む。すまぬ」

 ここまでの海路では平和そのものだったが、陸がだんだん近づいて来た今は油断できない状況だ。
 帝国側も解放軍を警戒しているだろうし、何より暗殺者《アサシン》をハイドランジアに送り込んでいたほどなのだから、こちらの動向はある程度知られていると思っていいだろう。
 俺は欄干に寄り掛かり緩めた襟元をパタパタと仰いでいた。

「大陸側から帝国側の船団が来るとすれば、現状こちらが風上なぶん利がある。もし数が多くても火計で対応すれば頭数は減らせるであろうな」

 そういえば参謀役のオブシディアンが目立っていたせいで忘れがちだが、オニキスも戦術などには明るいほうだったな。カクタス男爵家は下流貴族とはいえ武家だそうだし、そういった教育も施されているのだろうか。

「赤壁の戦いのように上手くいけば、数の上で不利だったとしても船団はどうにかできるな……問題は竜騎士《ワイバーンナイト》の大軍だった場合か」

 あれ、もしかしてこいつ歴史オタだったのか?
 その戦いは前世で映画が話題になっていたから見たような気がするけど、俺には高度過ぎてよく解らない内容だった。

「私も水晶の剣を準備しておくべきであった」
「アゲート殿の魔力いくつだったっけ?」
「……1だ。大人しく甲板で迎え撃つしかなさそうだな」
「そうだな。ミシェルに改造マジックストーン貰って出直してこい」

 あっ、俺いま初めてオニキスに勝てた。まさか無駄に高くなった魔力が役に立つときが戦闘以外でもあるなんて!

 その後は暫く二人で話しながら周囲を警戒することとなり、そろそろ交代の時間に差し掛かった時のことだ。
 今まで周囲を飛んでいた海鳥たちの数が徐々に消えたと思うと、陸地がある方角の空から複数の黒い影がこちらに向かってくるのが見えた。

「エリアス殿」
「さっそくお出ましみたいだな」

 同じく見張りをしていたものがけたたましい音を放つ警鐘を鳴らしながら大声で敵襲を伝えると、周囲の船団も含め弓兵と魔導士を中心とした部隊が甲板に集まりだす。
 視認できる範囲にいる敵はマグノリア軍の竜騎士部隊だ。周囲には視界を塞ぐいくつかの孤島があるので、もしかしたらどこかに船団も潜んでいるかもしれない。
 俺は水晶の剣を抜き放つと、向かってくる竜騎士たちを見据える。水晶の剣の射程は通常の魔法とだいたい同じなのだが、それでも弓には劣る。しかも水晶の剣の使用回数は十五回と魔導書の使用回数の半分にも満たない。

「弓兵構え!」

 この船に乗っている弓兵の指揮官が号令をかけると、甲板にいた弓兵たちが一斉に矢をつがえる。
 彼らは遠距離狙撃のプロフェッショナルなので俺たちよりも遠方を見るのが得意だ。おそらく、もう少し敵が接近して来れば各隊の指揮官を確認できるだろう。

 弓兵たちと同じく魔導士たちも甲板に集まり布陣を組んでいる。視認できる範囲で風魔法を装備しているものが多くみられた。
 そして俺はこの一団に混ざるようにして魔導書を手にしているフェイス様を発見した。両脇にはロビンとメレディスもいる。

「王女も戦う覚悟を決めたようだな」
「あぁ。もし乱戦になったときは誰よりも優先して援護してくれ」
「それは心得ている」

 聖王国の王城で大事に育てられてきたフェイス王女は魔導の教育こそ受けてはいるが、これまでに一度も戦場に立ったことがない。
 ハイドランジアにおける二度の戦闘では輸送隊での後方支援に徹していて貰っていたというのもあるのだが、いくら神聖魔法の心得があるとはいえ実戦経験など無きにも等しい彼女に対し、いきなり他者の命を奪えなどとは誰も言えなかったからというのもある。
 かく言う俺も傭兵として初めて戦場に立ち他者の命を奪ったときは、暫くのあいだは食事が殆ど喉を通らなくなったし、戦場に漂う血の匂いや怒号、切り裂いた肉や骨の感触を思い出しては一晩中泣いたりもした。

 俺たち二人もフェイス王女の近くに布陣し、メレディスたちと四人で囲むようにして万が一に備える。
 この船はアイリス軍の船団の中では真ん中より少し後ろあたりに配置されている。
 一番前の船にアーネストたちアイリス軍の騎士たちとハイドランジアから付いてきてくれた傭兵隊、その後ろの船にはルイス王子とバーナード将軍や聖女アガーテの周辺人物、ルイス王子が乗る船の両脇にもアイリス騎士たちが乗る船が配置されている。
 俺たちが乗っている船はその後ろにある。隣にはグレアム王子が乗る船があり、ベルトラムたちが同乗している。
 そしてこの二隻の後方にいるのがアイリス軍への同行を申し出た商会の船だ。戦争で商売あがったりな状態になるのならば戦争の早期終結のためにと援助を申し出てくれたらしい。護衛としてアイリス軍の重騎士隊と傭兵たちが乗っている。

 前方の船団は順調に敵の数を減らしながら航行を進めている。甲板近くまで接近を許した敵兵も少ないようで、それらの敵も攻撃のために降下してきたところを狙い、騎士や傭兵たちが対処しているのだろう。
 こちらのほうは相変わらず敵が接近してくる様子がない。主戦場が前方の船団辺りなので当然といえば当然だ。
 しかし油断できないことには変わらない。相手は天空を自由に飛び回る飛竜を駆る竜騎士たちだ。前方の部隊が囮で別な方角から増援がやってくるとかいう話はよくあることだろう。
 現に視界の端に小隊程度の規模だが竜騎士と思しき敵影が見えてきたのだから。

「なっ……あの飛竜は!?」
「えっ?」

 徐々に近づいてくる竜騎士たちの中に何かを見つけたのかアゲートが驚いた様子を見せた。
 目を凝らし接近してくる竜騎士たちを見てみると、一騎だけ明らかに雰囲気の違う飛竜が混ざっている。
 通常の飛竜よりも一回りは大きい個体で、鱗の色も他の飛竜とは異なり少し赤みがかっている。
 なによりその背に乗せている人物こそ、野心深く苛烈な性格で知られるマグノリア王ウォルターであったからだ。
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