第二十九話 山岳を越えて

(改)2019/08/16
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 行軍準備も整い、山岳を越えるために俺たちアイリス軍は山道を進んでいた。
 急勾配な坂道を休憩を挟みつつ上っていくと少し開けた場所に出る。地図で確認した感じだと、あと一時間くらい進んだあたりに合成獣《キメラ》が居るはずだ。

「この先が合成獣《キメラ》のいた場所だ。ひと足先に向かっている斥候が戻り次第進軍する」

 バーナード将軍の号令で数度目になる休憩を挟み、俺たちは装備を確認する。
 俺の持つ聖剣テミスは特に手入れが必要のない武器なのであるが、それでも染みついた習慣なので刃の具合などを確かめたくなるのだ。
 アゲートも銀の槍を軽く振ったりなどして具合を確かめている。銀の武器を惜しげもなく使うだなんて、こいつもしかして金持ちか。

 しばらくすると斥候が戻ってきたようで、ルイス王子たちのところで話し込んでいる様子だ。
 見たところさして慌てた様子がないことから、道を塞いでいるという合成獣に変化が無かったのだろう。

「これより進軍を再開する!」

 再びバーナード将軍の号令で進軍を開始する。陣形は昨日話し合った形だ。
 そのまま進んでいくと先ほどの休憩場所と同じく少し開けた場所に出た。その先は馬車が一台通れそうなくらいの狭い山道になる。
 その山道の前に合成獣は居た。毒々しい毛色の巨体を持つ魔物で頭はオオカミで身体は獅子だろうか、首周りに鬣《たてがみ》のようなものが残っている。尾は形状からしてサソリみたいな節足動物だと思う。

「あれが合成獣か」
「そのようだな」

 こちらの現在地は少し開けているが敵の待機場所が狭いのが問題か。近接戦闘であれば一個小隊が限度だろう。重騎士《ホプリテス》たち数人と、あとは俺とアゲートでいっぱいいっぱいだろう。
 魔導士《メイジ》と弓兵《アーチャー》には後方の広い場所から援護をしてもらうことになるので、もし合成獣が動き出した場合は突破されないように気を付けなければならないが、これに関しては足場の悪いところでも身軽に動ける傭兵《マーセナリー》たちに任せるのが良いだろう。

「今のところ動きはなさそうだな」
「ふむ。思ったより弱っているのだろうか?」
「お前が言っていた試作品とか失敗作ってやつか」
「ああ。だが油断は禁物だ。もしかしたらアイリス軍にはない何かを待っている可能性もある」

 ゲームであれば接近するのに2ターン掛かりそうな距離でも、相手は動きをみせない。
 アゲートのいう何かがローレッタ王族だと困るが、彼らは後方の輸送体と共にいるのでここまでは辿り着いていない。ロビンとメレディスも万が一のために、そちらの護衛についている。

「できればその何かは俺にしておいて欲しいところだよ」
「貴殿のことは私が守ろう」

 くっ、さすがは月虹で氷の貴公子と張り合う人気を持っていただけのことはある。発言がイケメンだ。俺がもし女の子だったらコロッと落ちそうなものである。
 実際、前世ではオニキスが二番目に好きだった。その次がベルトラムのライバル剣士。

 俺は聖剣を抜き放ち、様子を伺いながら徐々に合成獣へと接近していく。
 防御関係が俺よりはるかに高いアゲートに相手の移動範囲だと思われる場所に入ってもらったが、それでも相手に動く気配はなかった。
 ゲームのAIでいうところの【守備型】なのだろう。合成獣はその場から一切移動してくる気配がない。
 あと少しで槍ならば届きそうなところまで近づいたところで合成獣が身体を起こし立ち上がった。

 今まで寝こけていたのが嘘のように獰猛さを隠しもしない獣がそこにいた。一つ咆哮を上げると重騎士たちの動きが鈍る。範囲内の敵にデバフでもつけるスキルでもあるのだろうか?
 合成獣は素早い身のこなしで俺に飛び掛かって来ようとするが、俺の一歩前を進んでいたアゲートに阻止される。
 アゲートは銀の槍を思い切り振りかぶり合成獣の腹を切り裂くが、大したダメージが入らないようで牽制程度にしかならないようだ。
 もちろんこのことは織り込み済みだ。先に遭遇していたアイリス兵たちが攻撃した際はダメージすら与えられなかったというので、守備が相当高いか物理ダメージ軽減系のスキルを持っているかだ。
 しかしアゲートの攻撃で少ししかダメージが通らないとなると、俺の攻撃で大丈夫なのかと不安になる。あいつの力は俺の倍はあるのだ。銀の槍の攻撃力を加味してもダメージ量が少ないのに大丈夫なのだろうか?

「エリアス殿! なんとしても隙を作る。聖剣を!」
「あ、あぁ!」

 しかしそうは言ってられない。アゲートの攻撃の隙を埋めるように魔導士や弓兵たちの攻撃が飛んでくる。
 魔法攻撃も物理攻撃と同じく大してダメージが通っていないようだが、どうやら炎の魔法は苦手なようで少し後退するようだ。
 ならばと思い、後方に目配せをするとルイス王子と目が合った。彼はこちらの意図を察してくれたのか炎の魔法が使えるものに一斉に打ち込むよう合図を出す。
 爆炎に隠れるような形で飛び込んだ俺は合成獣の体に深々と聖剣を突き差し思いっきり切り上げた。
 切り裂かれた腹部からは勢いよく鮮血が噴き出すかと思っていたが、実際の体の中身は歪だった。内臓や骨と呼べるものが存在しておらず、黒っぽい泥のようなものが流れ出てくる。
 そのまま少しのあいだは動こうとしていたが、二・三歩進んだところで巨体がバランスを崩し地面に倒れこむ。

「なんだ、これは……」
「まともな生物とは思えないな」

 どろどろと流れ出すものを呆然と見つめながら、俺とアゲートは倒した合成獣の亡骸を見つめた。
 全くといってもいいほどダメージが通らなかった身体は、瞬く間に砂のように崩れ落ちる。その中から禍々しい光を放つ石が出てきた。

「石……?」

 今までに魔物の体内から石が出てきた、などという話は聞いたことが無かった。
 合成獣は原作にも登場していない魔物なので、そちらの知識でも分からない。
 なのでアゲートなら何か知っているかもしれないと視線をやるが、どうやら彼もこれは知らないようだ。

「迂闊に触るのは危険であろうな。魔導士に調べてもらうしかあるまい」

 少し警戒しながらもアゲートは後方に布陣していた魔導士に声をかける。この軍の魔導士がどの程度の魔導知識を有しているかは分からないが、こういったものの調査は彼らの専門だ。
 専門家ではない俺たちでは薄気味の悪い奇妙な石としか理解できない。

「二人とも、ご苦労様。怪我はないかい?」
「はい。心遣い感謝いたします」
「先程は的確な援護を下さり、ありがとうございました」
「僕は自分に出来ることをしただけさ。君たちには危険な役目を頼んでしまったからね、無事でよかったよ」

 魔導士たちが謎の石を検分している脇で見ているだけだった俺たちのもとにルイス王子が近づいてきて労いの言葉をくれる。
 本当に初代さま優しいな。身元がそれなりにはっきりしている俺はともかく、怪しさ全開のアゲートにまで分け隔てなく接するとか、いったいどんな風に育てばこんな人格になるんだろう。裏切ったり日和ってたローレッタ貴族たちに爪の垢煎じて飲ませたいくらいだ。

 それから暫くして魔導士たちの検分も終わり結果を聞くこととなったのだが、返ってきた答えは『何らかの魔力を有した石』というものだった。
 どうやら彼らが今までに見てきたどのようなものにも当てはまらない、まさに混沌といった物質であるらしい。
 ローレッタから付いてきた魔導士たちがミシェルなら何か判るかもしれないと言っていたが、あいにく今は彼女との連絡手段がない。
 アゲートに頼むにしても彼は聖騎士《パラディン》なので杖が使えない。なのでミシェルのもとに届けるのは難しいだろうし、シスル王国がどこまでこちらの味方なのか分からない以上は彼女を危険にさらす真似をしたくない。
 そもそもこれを実行するとしたらアゲートに正体を明かしてもらう必要が出てくるはずだ。今の状況でそれはしてくれないだろうから、あとで先日聞けなかった話も含めて聞き出すことにしよう。
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