第12話 シスル王国民は海がお好き

「なんで女の子ほうのミシェルちゃんじゃなくて、ちっぱいの子が水着担当なんだよぉ!」

 夏の盛りになった頃、セフィロトの大図書館にそんな叫び声が響いた。俺としては大事な恋人の柔肌を、他の男にそう簡単に見せて堪るかといったところだ。
 季節的に海イベントと期間限定ガチャが始まるころ合いなので、そんな叫びをあげている奴を横目に掲示板を確認してみると案の定である。復刻分の水着キャラクターと、新規実装される水着キャラクターの立ち絵が張り出されていた。
 復刻分はオニキスなどの雪国出身の騎士たちで、新規分はメテオライトやユーフェミアといった原作で初登場時に身分を隠していた者たちのようだ。

「ちょっと待った! 今のは聞き捨てならないね! ちっぱいの何処が悪いって言うんだい?」
「どうせ見るならばいんばいんの巨乳のほうが良いに決まってるだろ!」
「はあ? ちっぱいの良さが判らないとか、きみ頭可笑しいんじゃないの?」

 そして何故か知らんが、それにメテオライトが噛み付いている。まさかの貧乳派である。
 メテオライトは着替え途中で飛び出してきたのか、いつもの暑苦しい黒いマントとコートは脱いでいる。これだけ厚着をしているのに、汗一つかいていないのが恐ろしいところだ。

「メテオライトさま、御自重ください。それと周回の支度がまだのようですので、お手伝いいたいましょう」

 巨乳派と貧乳派の争いが激化する前に見咎めたオニキスによって、首根っこを摘ままれるようにしてメテオライトは部屋へと戻っていった。
 それと入れ替わるようにして、長い髪を高い位置で結い纏めたミシェルが姿を現す。当たり前だが、服装はいつも通りである。

「まったく。殿方ってみんなこうなのかしら?」
「ははは……ごめん」

 暑さを紛らわすためなのか扇子を手に持ちながら近づいて来たミシェルは、抜群のスタイルのせいか視線を集めやすい。言い訳にしかならないが、揺れるものを目で追ってしまうのは仕方がない。

「今日から夏イベントが開始ですか。しかし外は紫外線が……ううっ、でも水着オニキスさまを見てみたい気も」
「ミシェルは見ないほうが良いと思うぞ」

 なぜなら大爆笑必須のオニキスが見られるからだ。これは復刻イベントなので内容は前世で履修済みである。
 このイベントはアイテム収集の数量到達報酬でオニキスの特別衣装付き武器が配布される。これは少し稼いだだけで入手できるので、わりとすぐに手に入ってしまうのだ。つい最近までは本格的に遊んでいなかったタマキも、モノ自体は去年のイベントで入手済みだったようである。

 ボーナスキャラとはいえ海パンにサングラス姿でサーフボード(槍)を装備したオニキスが海で浮かれている姿なんて見せたら、ミシェルが卒倒しかねない。なおオニキスは通常時は騎馬ユニットだ。しかし水着のときは馬には乗っておらず、変わりと言っては何だが波に乗って移動する。中の人である高橋兄貴のノリノリなボイスも相まって腹筋が死ぬ。

「ダメボ付きの武器が残りは剣しかないので、エリアスさんもついて来てください」
「ああ、わかった。ミシェル、またあとで」
「ええ。行ってらっしゃいな」

 今日の出撃に呼ばれたので、俺はミシェルの頬に軽くキスをしてから別れると周回イベントの入り口へと向かう。そこには準備を終えたメンバーが集まっていた。

「えっと。雪国出身の皆さんがボーナスキャラって時点でちょっぴり不安なんですけど、暑さとか大丈夫ですか?」

 タマキの言い分は尤もだ。第一部隊のボーナスキャラとして来ているのはメテオライト、オニキス、エルナの三人だ。雪国出身ということから、暑さに耐性の無さそうなメンバーなので不安しかない。
 サポートには敵全体のステータスにマイナスを付けられるサポートスキル『謀略の戦場・奇数』を持つラウルスがついて来ているがリリエンソール領は聖王国でも涼しい地域だ。かく言う俺もローレッタ聖王国の中でも山一つ越えたらシスル王国ってくらい北方の出身なので、そこまで暑さに強くない。
 同じような理由から別大陸の出身者で構成される第二と第三部隊も心配だ。

「シスル人は夏が好きだからね」

 メテオライトは水着に少し派手な模様のシャツを羽織り、手には鮮やかな色のドリンクを持っていた。グラスにはご丁寧にも常夏な感じの花で装飾がなされている。これは先ほど祭壇から召喚された闇魔道士用の武器トロピカルドリンクだ。こんな武器名だが闇魔法の武器である。

「暖かい場所に行けると聞いて楽しみにしてたんですよ~。海って初めてなので泳ぎ方教えてくださいね~」

 同じく水着姿のエルナが浮き輪を片手にはしゃいでいる。少々子供っぽいデザインではあるが、エルナらしさのある水着姿だ。しかし見事なまでの絶壁である。
 こんな話の流れなので忘れそうになるが、一応言っておくと俺たちはこれから海水浴に行くのではなく、周回イベントで戦いに行くのだ。

「一週間くらい南の島でバカンスがしたいって仕事中に毎日ぼやき続けた甲斐があったよ」

 駄目だこいつ。仕事のことを完全に忘れている。お前のおじさん達は青ざめていたぞ。しかも片方は在らぬ嫌疑を受けていたしショックで寝込んでいた。こちらに召喚されたときに向こうの状況を掻い摘んで説明したが、情報収集のついでにオブシディアンを見舞った時の様子を詳しく教えてやるべきだろうか。

「お前達がトロピカルドリンクとピンクの浮き輪でどうやって戦うのかは知らないが、その……大丈夫なのか?」

 メテオライトとエルナの持つ武器は俺が前世で遊んだときは実装されていなかった武器なので、どのように攻撃するのかまるで想像できない。性能はたぶん、よくあるパターンとして味方と隣接で追加効果発動とか、条件に収まる敵の弱化とかそんなところだろう。
 とりあえずとして、彼ら二人の武器の性能、それから衣装チェンジに伴うスキルの変更内容を聞いたつもりなのだが――

「グラスの中の氷なら何故か溶けないみたいだから温くなる心配は無用だよ。ノンアルだから酔いもしないし」
「この浮き輪ってものをつければ泳げない人でも大丈夫! ってアナベル隊長が言ってましたよ~」

 メテオライトとエルナから帰ってきた返事はこれである。便乗するように第二部隊の人間からも似たような返事が飛んできた。解せぬ。

「そうじゃなくてだな」
「ああ、そういえば日焼け止めを忘れていたよ」
「南国の日差しは攻撃力が高いらしいですからね! メテオライトさまもしっかりと塗ってくださいよ~?」
「エルナも首の所とか塗り忘れちゃ駄目だよ。将来シミやシワになったら大変だ」

 違うそうじゃない。駄目だこいつら完全に浮かれている。ここの海にはシスル人から正気を奪う何かがあるのだろうか。俺の目には普通の海と砂浜にしか見えないんだが。

「異界のメテオライト様、エルナ嬢。そしてエリアス殿。本日から暫しの間、よろしくお願いします」

 漂う磯の香りと共に挨拶をして来たオニキスは、実際にこの目で見ると破壊力が凄い。水着一枚しか着ていないのに、鎧を着けている俺より守備が高いとかいったいどうなっているのだろう。ほんのり滴っている水も気になって仕方が無い。まさか既に一泳ぎ終えた後なのか。

「エリアスさんも衣装は無いですけど、ボーナス武器の『焼きトウモロコシ』を装備してください」

 そう言って渡されたのは、どこからどう見ても大きなトウモロコシだ。香ばしい匂いが食欲をそそるが、これは剣である。ラウルスに「食うなよ?」と言われるが、食べることはできないことくらいは分かる。
 先ほどボーナス付きの武器が剣しかないと言われていたのでアイスバーでも渡されるのかと思っていたのだが、この焼きトウモロコシは今年から新しく実装された汎用武器だそうだ。聖剣の遠距離反撃が無くなってしまうが、二回攻撃の効果が付いている武器は便利なのでよしとする。
 準備も整ったという事で俺たちは今回のイベントマップ『雪国の夏休み』へと足を踏み入れた。

 控え部隊が居るとは言っても難易度自体はさほど高くないので、俺たち第一部隊だけで攻略が進んでいく。たぶん今すぐにでも全キャラクターのステータスにスタミナでも実装されない限りは交代もないだろう。
 タマキによるとラウルスのサポートスキルもだが、メテオライトの武器効果やエルナの特殊杖(浮き輪)で難易度がどんどん下がっているらしい。
 俺とメテオライトで女性陣の盾になり、オニキスが波に乗って遊撃に出ているだけで攻略が終わるので楽といえば楽なのである。

「このあとはスイカ割りだ!」

 これは先陣を切って戦うオニキスの声だ。別に海水浴が盛り上がっているわけではなく、水着オニキスは奥義発動時のセリフがこれなのだ。サーフボードでのひき逃げアタックが攻撃のモーションである。
 なお奥義発動時のセリフには「波に乗るぞ!」という差分もある。ちなみに奥義効果は相手の守備を半減してダメージを与えるものだ。

「夏サイコー!」
「海って楽しいですね~!」

 メテオライトとエルナもそれぞれ、これが攻撃のかけ声だ。だが夏サイコーで発動する闇魔法とか、もはや闇魔法と呼べるのだろうか。夏無し国家の闇なんだろうか。
 エルナのほうは特殊杖の扱いなので治療の杖ではなく敵を眠らせる杖なのだが、この楽しそうな声で敵が眠るあたり謎しかない。
 しかし敵も敵で水着のものが混ざっていたり、武器が海仕様だったりと負けず劣らずの浮かれっぷりなので気にしては負けだ。

 今回はメテオライトもかなり浮かれているので、いつかのように逃亡はしないだろう。イベント期間が長いので道中手に入るスイカを割るミニゲームの都度に小休憩を挟んだりもしているので、一日あたりの周回数も少なく済みそうだ。
 休憩中は割ったスイカを食べながら体を休めたり、水着の者たちは海に入って遊んだりしている。要するに俺とラウルス以外の全員だ。

「彼らは涼しそうでいいな」
「お前はその暑苦しいスカーフとコートを脱げば少しは涼しくなると思うぞ」

 俺の後ろからメテオライトたちの様子を見たラウルスが、この暑さにうんざりとした様子を見せながら声をかけてくる。
 きっちりと締めた襟もとに巻かれたスカーフなど、この暑さのもとでは自殺行為みたいなものだというのによく立っているものだ。コートの色が緑色という点は普段のメテオライトやオニキスに比べると涼しげだが、暑そうな格好という点においては変わりない。

「公爵家の人間として、さすがに人前でそういった隙のある格好は出来んな」
「見ているこっちが暑くなるんだがな」

 ラウルスはノリも良く、悪ふざけにも付き合ってくれるような男なのだが、なんだかんだ真面目な男である。なので俺は彼のこの暑苦しい格好をどうにかすることを諦めて、俺も海に飛び込んで涼みたい――そんなことを考えながら灼けた砂浜を歩いた。


 真夏の海を満喫しているリア充を殴っているだけと言われていたこのイベントマップの周回も、今日で三日目に突入した。
 今回はイベント期間が通常よりも長いので収集品が二種類存在しているのだが、『スイカ』と『星の砂』がそれだ。
 イベント終了後に各種アイテムと交換できるようになる『星の砂』はかなり集まっているようで、瓶に詰められたそれは大図書館の倉庫を圧迫し始めている。
 なおスイカは拾うとマップクリア時にスイカ割りのミニゲームが始まるので、その都度消費できるために嵩張らない。

「今度こそスイカから奥義書を出しましょう!」

 タマキか叫んでいる通り、この世界のスイカからは何かしらのアイテムが出てくる。つまりは宝箱の扱いだ。
 先ほどはメテオライトの好感度アイテム『聖歌の譜面』が出てきたし、その前はユーフェミアの好感度アイテム『形見の短剣』が出てきていた。なので水着勢の好感度アイテムの出現率が高いのだろう。

 このミニゲームは前世で遊んでいた時はゲージの動きに合わせてタイミングよくタップすると、結果に応じてスイカの割れ具合と景品が決まっていた。
 出撃メンバーの中からランダムでスイカを割る役が決められるのだが、今回は俺の出番だ。目隠しをして棍棒を持つと誘導に沿ってスイカを目指す。目隠し無しならば簡単に行けるのではないかと思われるが、目隠しをしていないと蹴っても殴っても割れない。しかも神器の攻撃すら弾くのだから、この世界のスイカは実に恐ろしい。

「エリアスさん、そこです!」
「はあっ!」

 皆の盛り上がる声を背に俺はタマキの誘導に従ってスイカを叩く。スイカが割れたとは思えないポップな音とともに、確かな手ごたえを感じた。すると少し間をおいて、今までと違う派手なファンファーレが鳴る。この音は大当たりだ。

「やりました、奥義書です! 奥義書引換券です! 戻ったら『雷霆《らいてい》』の奥義書と交換して貰いましょう!」
「長く苦しい戦いだった……」

 俺がこれまでに割ったスイカの数は、この三日間で約五十にまで到達した。他の皆が殴った分も総合すれば、割ったスイカの数は五百を越えただろう。食べるのは大図書館の職員たちも居るので問題ないのだが、割ってばかりで嫌になってきていたのも事実だ。
 だがイベントのアイテム収集の到達報酬自体はとうに終わっているので、今はスイカから出てくる副産物目当ての周回なのだ。召喚の札とか奥義書引換券はいくらでも欲しいだろうから、この鬼のような周回も最終日まで続きそうであった。
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