第11話 年代記・異伝【梅雨の精】

 どんよりとした曇り空。ローレッタ大陸ではほとんど経験した事の無い湿気に悪戦苦闘しながらも、いつも通りの鍛錬を済ませた頃には昼を少し回ったくらいの時間になっていた。
 汗を流し着替えてから食事を済ませたところで広間へ向かうと、月に何度かある賑わいを見せている。
 掲示板を見てみると各シリーズの竜族が特別衣装に身を包んでいるイラストが張り出されている。復刻分の掲載を見ると見覚えのあるものがいくつか見当たるので、前世で履修済みの梅雨イベントだろう。
 他にも軽く流し見ると細々としたアップデートがあったようで、自分のステータスを確認してみると反映されているのが判る。

 新しい年代記《クロニクル》も解放されており、このあと準備が整い次第、攻略に向かうこととなるだろう。
 今回追加されたのは【異伝】と分類される年代記《クロニクル》だ。この年代記《クロニクル》は|歪みの精《ディストーション》の影響を受けていないので、本来であればセフィロトが介入する必要性はない。無いのだが、ごくまれに向こう側から招待されたり手伝いを頼まれることがあるそうだ。

 今日の出撃メンバーの確認もかねてタマキを探していると、噴水の近くでミシェルと二人で並んでいるのを発見する。彼女たちの前には二人の幼い竜族が立っていた。

「はあ~。可愛らしいですわ」
「ヤキンちゃん。合羽の釦がズレてますよ~。……あ~可愛い」

 そこには先ほどタマキが召喚したと思われる水玉模様の雨傘を装備したムニンと、別シリーズの竜族であるヤキンが黄色の雨合羽を身に着け立っている。
 しかし当の本人たちは見た目こそ幼いとはいえ、竜族なのでその年齢は一千歳オーバーである。だが女の子というのは小さくてかわいいのもが好きなのだろう。彼女たちの表情は綻んでいる。

 ほんのつい数週間前までは俺に言い寄ってくることがあったタマキだが、つい先日、本命《ミシェル》以外には興味がないことをはっきり告げた際のこともあってミシェルとも仲良くし始めたらしい。
 しかし本当に仲良くしているのか心配になって、ミシェルに話を聞いてみると本当に仲良くやっているようで安心したのも事実だ。最近ではキャラクター用のアバターアイテムで可愛らしいアクセサリーを入手すると、俺のデレデレボイスを聞くためなのか真っ先にミシェルに装備させ俺に見せに来る。

「さてと、準備もできましたし異伝の攻略に出発です!」

 タマキはいつも通りメンバーを招集すると、年代記《クロニクル》に入るべく門を潜る。今日はいつもより大所帯なので、誰が居るかを把握するのも一苦労だ。
 この年代記《クロニクル》・異伝【梅雨の精】の内容自体は復刻部分と追加分で全十シナリオ。やることは梅雨の精という巨大な蟹に乗ったおっさんのような姿の魔物を討伐するものだ。竜族の文化ではこの魔物を退治しないと梅雨が明けないらしい。

 今回やってきた異伝のゲストにはシリーズ関係なしに様々なキャラクターが登場するのだが、導入部分で状況説明をする係という役割なので、通常の年代記《クロニクル》とは異なり戦闘には参加してくれない。なので久しぶりの友軍なしの自軍のみでの戦闘になる。その代わりクリア報酬が通常の年代記《クロニクル》よりも、ほんの少しだけ良いものが貰える。

「蟹おじさんが新車に乗ってる!」

 度重なる戦闘をクリアした後に、新規実装部分の最終マップに入ってタマキが発した最初の一言がこれだ。
 確かに俺が前世で遊んでいた初年度とは別の蟹に乗っている。しかしこれは新車という表現で良いのだろうか。でもほかに適切な表現が解らないから、このままでもいい気がしてきた。

 今日は全部で三部隊が攻略について来ている。出撃は竜族、騎馬、歩兵の順だが、俺はその中の歩兵部隊のサポートに放り込まれている。
 つい最近に実装されたこの機能は、戦闘には参加しないがサポート専用スキルによる支援を出撃している味方に与えることが出来るのだ。そこで俺に生えてきたサポートスキルは『剣術指南』。性能は歩行剣士系のステータスアップと入手できる経験値を増加させるものだ。
 しかしこのマップは第一部隊の竜族だけがステータスボーナス付きなので、俺は控え部隊として後方で待機することになる。

「それじゃあ私たちは蟹おじさんと戦ってくるので、予定通りお願いしますね~」

 そういうとタマキは竜族たちを引き連れて水溜まりだらけの草原を進んでいく。
 控え部隊が出撃できるのは自軍がタマキだけになったときだ。それまでは雑談でもしながら時間を潰すしかないのだが、正直言って先発部隊がステータスの高い竜族なので出番が来る気がしない。その証拠がこれまでの九シナリオでの竜族無双だ。

「それにしても新車か……うん。いい得て妙だね~」
「乗り物って意味ではあってる気がしなくもないが、それでいいのか?」
「蟹は戦車だから新車で合ってるじゃない」
「テオはいったいどういう理屈でそんなことを言ってるんだ?」
「カード占いで蟹座は戦車に対応してるでしょ」

 同じくサポートキャラクターとしてついて来たメテオライトと他愛もない話をしつつ、遠くで梅雨の精と交戦中の竜族たちを眺める。討伐具合としては比較的順調なのだが、原作ではスキルなしの竜族たちもリコレクションズでは相方が一緒に居ることで発動するスキルが設定されている。ムニンであれば双子の兄フギン、ヤキンであれば双子の弟ボアズが居ないと性能がいまいちになってしまう仕様だ。
 しかも原作でおなじみの竜族の変身ルールはそのままなので、治療のためにタマキが隣接すると次のターンは戦闘が出来なくなってしまう。なので少なくとも第二部隊である騎馬部隊には出番が回ってくると思っている。

「しかしタマキはどんな攻略状況なんだ? 年代記《クロニクル》と邪悪の樹の攻略状況としては、プレイ歴半年も行ってない感じがするのにそれ以前の配布持ってたりするし」
「ドルフの話だと最初のころに軽くイベントを走ることが稀にあるくらいで、基本はログボだけ貰ってたみたい。冬にピックアップに出てたミシェル……ラウルスのほうね、彼とかカノンを引き当てたあたりでやっと本編の攻略を始めたらしいよ」
「ああ、なるほど。タマキは声オタみたいだし、鈴木好きだとその辺も好きそうだ」
「そっか、あのへんは競演多いんだっけ?」

 遊んでるソシャゲが増えると、どこかが疎かになるのはよくあることだ。サービス開始記念のログボだけ受け取って放置なんてことも無くはないだろう。
 そうこう話しているうちに竜族が全員戦闘不能になったみたいで、第二部隊がタマキと合流のために移動を開始する。

「おっと。騎馬部隊の出番みたいだから、僕はサポートに行ってくるよ」
「ああ、気を付けてな」

 騎馬部隊の中でも後衛になるカノンに回収されたメテオライトを見送ると、近くの木に寄り掛かり俺と同じ第三部隊の面々を観察する。ドルフとルイス王子は戦況を真剣に見つめているし、傭兵のゲイルは瞑目して精神を集中させている。セシル王子は槍で素振りをしているが、いつでも出撃できるように時折前線に視線を投げていた。

「はあ~。暇だ」

 ただでさえ最近はじめじめして気が滅入っていたが、戦場に連れ出されたというのに待機だと退屈で仕方がない。
 ここにゲールノートやダリウスといった顔ぶれが居れば、準備運動がてら手合わせでもしつつ時間を潰せたかもしれないが、今日ついて来ているのは前述の通りなので、そういった時間お潰しかたには乗ってくれそうもない。
 あえて言うのであればセシル王子が相手をしてくれるかもしれないが、当たり前のように壁に穴をあける男なので出来れば遠慮したい相手だ。いま一瞬だけ目が合った気がするが、恐らく気のせいだろう。

 なのでメテオライトが交代で出撃してしまうと話し相手が居なくて暇なのだ。負傷した先発部隊がこちらに運び込まれれば傷薬で治療を手伝うこともできるが、年代記《クロニクル》の内部で戦闘不能になった英雄は問答無用でセフィロトの大図書館へと戻されるようなのでそれも無い。

「なあ、エリアス。あの魔物の巣があるとしたらどこだと思う?」
「まさかとは思うが単騎で特攻を仕掛けるとかいうなよ」

 準備運動代わりの素振りが終わったのか、セシル王子が汗をぬぐいながら近づいて来た。
 先日、一緒に年代記《クロニクル》の攻略に出て以降は堅苦しいのは苦手だからと言われ普通に話すよう言われたので、俺の対応あれ以来はこんな感じである。
 この異伝では次々に現れる梅雨の精を迎撃し続けて既定のターン生き残るか、少しゴージャスなおじさんが乗っているボス蟹を倒せばクリアだ。セシル王子の言う通り増援の出現箇所を塞いでしまえばいいというのはシリーズでも定番の攻略法である。稀にその出現場所を塞いでも、その隣のマスに出現したりする敵がいるのだが、原作では大体この戦法で敵の増援はどうにかなる。

「こんなところで迎え撃つよりも根源を経てば早いと思うんだが」
「竜族の年中行事だそうだし、根絶やしにはしない決まりでもあるんじゃないか?」
「ふむ。確かに。それは一理あるな」

 戦場をきょろきょろと眺めていたので、なんとなくそんな気はしていたが、このセシル王子は原作でも性能が良すぎて単騎特攻がしやすい。多分結構な数のプレイヤーがセシル王子単騎での縛りプレイを経験している。そのせいで槍王子系は脳筋というお約束が追加されたくらいなので間違いない。
 ただしきちんと順序立てて説得すれば無茶な戦い方はしないので、『賢いゴリラ』呼ばわりはされている。

「この辺りは泥濘が酷いし竜族と騎馬部隊が踏み荒らしているから、この後出撃する俺たちは足を取られやすくなるかもしれない。気を付けたほうが良い」
「ふむ。少し遠回りになるが、左から迂回してタマキと合流するのも手か」
「この辺りはルイス王子たちと相談したほうがいいだろうな」

 そう言って俺たちはこの後の動きを相談しているルイス王子たちに合流した。その瞬間だ。戦闘が終了した。いつものファンファーレが鳴り響くと、例のごとくエンドイベントが始まる。

「俺のこの暴れることができなかったフラストレーションは、いったい何処にぶつければ良いんだ……」

 聞かれた瞬間に婚約者に叱られそうな発言をしながら、セシル王子はしゅんと肩を落とす。ひとりで留守番している大型犬のような姿が可愛そうになって、俺はそっとその肩に手を乗せる。振り向いた顔は遊んでくれる人を見つけた表情だ。

「今日はまだ日が暮れるまで時間がある。共に鍛錬、そして手合わせだ!」
「いや、俺はこのあと彼女とデートが……」

 セフィロトの大図書館へと帰還すると引きずられるように訓練場に連れていかれると、どこからともなく聞きつけたものたちが集まったおかげで白熱してしまい、うっかり壁に大穴が開いた。
 さすがに騒ぎになったので、その隙をついて俺は訓練場から撤収するとミシェルのもとへと向かった。
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