第09話 いくらでも媚びるから俺にも花婿装備を下さい

 ゴシック建築風の教会内部。ステンドグラスの窓からは光が差し込み、祭壇を照らしている。椅子には白い花とリボンで装飾がなされており、周囲には祝福の鐘の音が鳴り響いている。
 祭壇の前では花婿衣装のルイス王子と、その婚約者ブリジットが真っ白な花嫁衣装を身に着け立っていた。信じがたいかもしれないが、ここが今回の周回イベントの舞台である。今はオープニングイベント中なのだが出撃編成はまだなので、この後になるのだろう。

「こうしているとフェイス様の結婚式を思い出すわね」

 感慨深そうにルイス王子たちの挙式を眺めながらミシェルがそう呟くのとほぼ同時に、彼女の肩を掴んだものが居た。

「その話、詳しく聞かせてもらおうか?」

 そう言いながらミシェルの肩を掴んだのは、フェイス様ガチ勢のラウルスだ。これはもはやモンスターペアレンツと言ってもいいだろう。自分には口説く気がないくせに、フェイス様に群がる虫は許せないという面倒くさい男である。

「ご安心ください。フェイス様のブーケは私が確保しました。薬剤で加工もしましたので保存もばっちりです。……そういえばラウルスとはまだ【フェイス様の素晴らしさと美しさと聡明さを語らう会】をしておりませんでしたわね」
「ほう……そのような催しをしているとは流石はルーナ。しかし今はその話は置いておこう。そちらの世界のフェイス様の結婚相手とはいったい誰だ?」

 これは地雷を踏みぬくことになるのではなかろうか。ラウルスはお手本のように完璧な笑顔を浮かべてはいるが、これに関しては癖で張り付けているだけなのだろう。よく見ると少々だが口元が引き攣っている。

「オニキス様です」

 ミシェルの答えにラウルスが真顔になった。その表情からは一切の感情が消えて何も読み取れない。
 無理もないだろう。原作では対オニキスとの戦闘会話でフェイス様と二人で落ち延びるときに見逃して貰った礼を言いながらも、父の仇と恨みに思っていた相手だ。しかもそれに対するオニキスの返しが、弓兵に向かって『剣を構えろ』という無茶ぶりだ。ラウルスにとってオニキスは一番嫌いな相手なのである。

 一度セフィロトの大図書館に戻ってくると、広場には召喚された英雄たちが集まってくる。タマキは先ほど召喚の札を使い数度召喚の儀式を行っていたようで、箱の中からイベント用武器を取り出しつつ編成を決めているようだ。

「魔導士系のかた~! 誰かひとり、この武器で周回についてきてくださ~い」

 タマキがブーケを持っている。あれは確か花嫁武器で、魔道士系では元祖花嫁であるブリジットが初年度の衣装担当だったはずのものだ。炎属性の魔法扱いで実装されていたので、ブリジット以外でも属性さえ一致していれば特別な衣装は無くとも装備できる。
 しかしよく見ると、俺の記憶の中になるブーケとは色や花の種類が違う。淡いピンク色だったブーケが水色になっているようだ。

「タマキちゃん。属性を教えてくれないと困るですよ」
「そうでした! うっかりですね。これは氷属性です」

 そうタマキに問いかけたのは、彼女とは歳が近いからか親しくしているらしい魔道士の少女エリザベスだ。出典は『月蝕のレギンレイヴ』で、得意なのは風魔法である。指摘されてタマキが属性を確認したところで、ミシェルが一歩前へと歩み出た。

「私の他に氷魔導士がおりますの?」
「……そういえば居ないですね」

 このセフィロトに限ったことではなく、シリーズで総合して見ても氷魔法をメイン武器としているキャラクターは少ない。多分居ても一人か二人だ。氷魔法は基本的には種類が少なく、サブで装備する属性なのである。
 タマキからブーケを受け取ると、ミシェルは初めて触れる魔法に興味津々であちこち見たり触れたりしている。

「ブーケを束ねるリボンに術式が書かれていますのね。花からも魔力を感じるわ」
「【永久凍土《ニブルヘイム》の花】って名前の武器です。これを装備してくれないとボーナス貰えないんで忘れないで装備して下さいね!」

 そういうやタマキは次の準備に入っている。
 今回のイベントマップのボーナスキャラは花嫁衣装か花婿衣装を持っているキャラクターたちだ。各シリーズの主人公とその婚約者が大半だが、相手はいないが人気の高い女性キャラクターも混ざっている。

「タマキ。その武器には衣装もついてくるんじゃないか?」

 掲示板を見ていたラウルスが気付き、タマキに知らせるように指さしている。
 復刻であるルイス王子とブリジットは当然だが、公式で相手が決まっている女性たちに混ざるようにして、ミシェルも花嫁衣装に身を包んでいる立ち絵が張り出されていた。
 ミシェルがセフィロトに居るのはエイプリルフールのネタだったはずなのだが、追加衣装があるという事はどうやら人気が高かったようだ。もしかしたら予め決まっていたのかもしれないが、掲示板に張り出されている立ち絵を見ると凄くいい。真っ白なドレスには淡い桃色のリボンやレースで装飾されており。コルセットには落ち着きのある色味の金糸でリリエンソール家の紋章も刺繍されている。

「お前がこのあいだ指輪を見ていたのは知っているぞ。買ったのか?」
「いや、まだだ」

 タマキが箱の中から衣装を探している間に、ラウルスに耳元で囁かれる。見られていたのは一緒に出かけたときだったので解っていた。しかしまだ買っていないというよりも、良いものが見付からないのだ。更にはもともと用意していた指輪が、こちらの世界に召喚されたときに行方不明になってしまっているので困っている感じなのである。

「これは他の男が放っておかないぞ?」

 急かすようにラウルスが視線で指し示してくる。ダアトくんに媚びたら俺専用の花婿武器とか実装されないかな。ケーキ入刀的なアレがいい。

「ふむ……しかし前だけとはいえ膝上丈のドレスは初めて見るな」
「たしかに」
「まあ、女性の流行というのはすぐ変わるからな。脚線美を見せるのが次の流行りだと思えば……いや、止めるべきか」
「ラウルスが何を考えているかは大体分かる。だが普段隠れている部分を見ることができるまたとない機会だぞ」

 前世では膝上丈のウエディングドレスも見かけたが、この世界では妙齢の女性が膝を見せるような丈のスカートを履くのは殆ど見かけない。ローレッタ大陸はスカート丈は長くて当然の世界だ。どんなに短くても膝下10センチはあるが、その場合はロングブーツを併せることが多いので、ふくらはぎの形が判るような格好は珍しいのだ。

「フェイス様があんなに足を出すことになったら、俺は自害するからな」
「いやいや。タイツとか履いてるみたいだし、そこまで露出していないだろう?」
「他の男に見られるのだと思うと不愉快だろう」
「それは確かに……」

 片思いを拗らせ過ぎているラウルスは少々面倒な部分もあるが、その言い分は尤もだ。俺だってミシェルの谷間とか絶対領域を他人に見せたくない。

「女の子のミシェルさんの着替えが済んだら周回に行くので、エリアスさんも準備しておいてください」


 イベントマップの周回も何度か終えたところでデイリークエスト分を終えた。最終マップはオープニングイベントでも使われた教会内部なのだが、それ以外の場所はランダムマップで山の中だったり海岸線だったりと様々だ。
 しかしどのマップも夏寄りの気候と安定しない足場が多いので疲れそうなものなのだが、タマキはケロリとした表情でマップを走り回っている。

 今回の出撃メンバーである花婿仕様のルイス王子と花嫁仕様のブリジットは騎馬ユニットなので、俺たちは追掛けるように移動しているのだが歩幅の違いからどんどん置いていかれる。
 このイベントに合わせるように実装されたシステムでタマキはブリジットの馬に同乗させてもらっているので、その姿は遥か彼方だ。俺かミシェルもルイス王子に乗せてもらえば良かったのかもしれないが、この新システムは速さのステータスが半減するおまけ付きなので壁役も兼ねる近接戦闘向けのキャラクターには使いにくいシステムである。

「エリアスさ~ん! ミシェルさんも早く来てくださ~い! もう一周行きますよ~っ!」

 さすがにたったの数回では本日分の周回は終わらないようだ。マップ上で拾った今回イベントの収集アイテムであるドラジェを渡すと、タマキのスタミナにも余裕があるみたいなのでデイリー報酬を受け取った後にもう一周行くこととなった。

「まさか私がこのような格好で戦うことになるなんて思ってもおりませんでした」
「とても似合っていて綺麗だよ。……ここ、段差になっているから足下気を付けて」

 俺はミシェルに手を貸しながら歩く。背後から出現する増援への対処が俺たちの役割なので、進軍自体はゆっくりだ。花嫁仕様になったミシェルは衣装の重量なのか、移動力が通常より低下しているのもあってちょうど良いのかもしれない。
 俺が抱えて連れ歩けば移動速度も上がる。しかし彼女のドレスはスカートの下はボリュームを持たせるためにクリノリンで、スカートは前方が膝上丈というのもあって抱きかかえるには際どい丈なのだ。先ほど背後から現れた増援との戦闘中も、たびたび太ももと青いガーターがチラリと見えてドキドキしたものだ。

「次で最終地点だし、時間とタマキの体力的にも今日はこれで最後じゃないか?」
「だと良いのだけど」
「スタドリが沢山あるけどほら、いまの手持ちはぴったり200あるし使わないよ」

 俺たちより早く召喚されていた他の皆に確認した限りだと、タマキはわりと几帳面らしい。周回イベント時はプレイヤー用のアイテム類は必ず偶数になるよう手持ちを調整するとの証言が出ている。

「到達報酬は……スタドリ三つですか」

 前言撤回。これはスタミナドリンク三本分を消費しないと終わらないやつだ。これはあと三十周くらいすることになるだろう。


 追加の三十周もついに最後の一周となった。なったのだが、さすがにこれだけ周回していると、交代なしで参加している側としては心が折れ始める。騎馬に乗っている二人に比べればのんびり進軍させてもらえるのは有り難いのだが、マップの切り替わり時は毎度走って追いかけないといけないのが辛い。

「ううっ、足が……足が痛いです」
「移動は俺に任せてくれ」

 普段は歩きやすいブーツのミシェルも、今日に限っては特別衣装なのでハイヒールである。これは踵の高い靴特有の爪先側に重心が掛かって痛くなるのと、多少の靴擦れもあるのだろう。
 だがここで今回のイベントからリコレクションズに新規実装されたシステムが役に経つ。しかし新しいといっても月蝕以降のシリーズには多少の差異はあっても標準装備されていたシステムなので新鮮みは無い。システムはその名も『フュージョン』。二人のユニットを一つのユニットとして扱うことになるものだ。性能的には天空で使用されていた『救助』が一番近いだろう。
 仲間一人を担いでいる状態になるので速さのステータス値が多少下がるのだが、花嫁仕様のミシェルは兵種スキルが別のものになっているのでその兵種スキルの補正と、俺の持つ『翠緑の抱擁《エンブレイス》』で差し引きゼロどころか少しプラスになるのだ。今のミシェルがもつ兵種スキル名は『永遠の誓い』と『サムシングブルー』の二つである。前者が俺のステータスにプラスをくれるものだ。

 片手には剣を持った状態になるので、俺は片腕でミシェルを抱き上げる。バランスを取るためにミシェルは俺に抱きつく形になるのだが、普通のお姫様抱っことは違うせいか顔半分に胸があたるので邪念を取り払うように剣を振るう。

「ああっ! おちるっ、落ちます!」
「っと、すまない」

 やはり両手でしっかり抱きあげていない状態だと安定しないのか、ミシェルを取り落しそうになってしまう。間一髪で抱えなおすと、戦闘を終えてひと段落ついたところで彼女を降ろす。

「慣れないシステムって、こんなに不便なものなのですのね」
「俺も、お姫様抱っこは平時にするものだってよく解ったよ。……ミシェル、足のリボンがほどけてる」
「えっ、うそ! 自分で出来なかったからメレディスに編み上げてもらいましたのに」
「リボン結びなら俺でも出来るし、任せてくれ」

 俺はしゃがみ込むと片膝を出しミシェルに足を乗せるように促す。これでも一応、前世では女だったのだ。リボン結びくらいは容易いだろう。
 ミシェルはヒールを片方脱ぐとおずおずと俺の膝に足を乗せ、「それでは、お願いいたします」と言いながら少し頬を赤らめた。すらりと長い脚を締め付け過ぎないように、解けてしまったリボンを結い上げる。

「出来上がりは如何でしょうかお嬢様?」
「完璧です。……ふふっ」

 ミシェルが靴を履きなおしたのを確認すると、お道化るように言いながら仰々しく腰を折る。ミシェルの満足げな声が聞こえ、そのまま俺の手を取ると指先に口付けてくれた。

「たまには私からのキスも悪くないでしょう?」
「これ以上に無い最高の賞賛だよ」

 言いながら俺は再びミシェルを抱き上げる。靴擦れの手当てもしてしまいたいところだが、いまここでする余裕はない。
 そのまま数度の戦闘をこなし、ドロップアイテムである綺麗にラッピングされたドラジェを拾うとゴール地点でタマキたちと合流する。

「こっちはドラジェを七個拾ったけど、あと何周するんだ? ミシェルが靴擦れで辛いみたいなんだけど」
「ルイスさんたちと一緒に拾ったのが十二個で、今日の目標はあと十個ですから残り一周ですね。これなら難易度を一つくらい下げても十分ですし、ミシェルさんは交代しましょうか」

 言いながらタマキは代わりに誰を呼ぶかを考え始める。この言い方だと俺は続投なのだろうか。できればミシェルを部屋まで送って、足の手当てもしてあげたいのだが。

「俺も交代しちゃダメかな?」
「エリアスさんは好感度上げたいので出撃してください」
「そこを何とか。自分で歩くのも辛そうだし、彼女のことは俺が運びたい」
「私よりミシェルさんのほうが好きなんですか?」
「うん。俺が愛しているのはミシェル一人だよ」

 こういうことは直球で伝えなければ、いつまでも理解してもらえないだろう。これまでに暇な時間に話したタマキの態度で気になった点といえば、『エリアス』が好きというよりも『CV鈴木』が好きといった感じなのだ。俺ではなく声が好きだというのであれば、まだ説得できる範囲だろう。

「ううっ、エリアスさんの周囲にきらきらフィルターが見える。ぐぐぐ……幸せそうな鈴木ボイスが聞ける思えば、デレッデレな鈴木ボイスが――よし、いける。末永く爆発してください!」
「うん。ありがとう」

 きらきらフィルターが何なのかはよく分からないが、タマキが俺たちの関係を理解してくれたのならば問題ない。共に出撃していたルイス王子たちにも軽く声をかけると、俺はミシェルを連れて大図書館へと帰還する。
 廊下ですれ違った面々には冷やかすような言葉を掛けられるが、人前でイチャイチャすることに関しては慣れているので適当にあしらいながらミシェルを部屋まで送っていく。

「ここまで送ってもらえれば、あとは自分で出来ますのでエリアスも休んでくださいな」
「でも結構血が滲んでいるし……」

 ミシェルの履いている白いニーソックスは、踵のあたりが靴擦れでできた傷の出血で黒っぽく染まっている。これはなかなか痛そうだし、ヒールを履いて歩きまわったダメージもあるので不便があると思って居残ろうと思ったのだが「さすがにその……爪先を見せるのは、はしたないですし」の一言で引かざるを得なくなった。
 せめてもという事で棚から消毒液などを取り出すなどの手伝いだけを済ませると、俺は自分の部屋へと戻った。
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