第12話 シスル王国民は海がお好き

「なんで女の子ほうのミシェルちゃんじゃなくて、ちっぱいの子が水着担当なんだよぉ!」

 夏の盛りになった頃、セフィロトの大図書館にそんな叫び声が響いた。俺としては大事な恋人の柔肌を、他の男にそう簡単に見せて堪るかといったところだ。
 季節的に海イベントと期間限定ガチャが始まるころ合いなので、そんな叫びをあげている奴を横目に掲示板を確認してみると案の定である。復刻分の水着キャラクターと、新規実装される水着キャラクターの立ち絵が張り出されていた。
 復刻分はオニキスなどの雪国出身の騎士たちで、新規分はメテオライトやユーフェミアといった原作で初登場時に身分を隠していた者たちのようだ。

「ちょっと待った! 今のは聞き捨てならないね! ちっぱいの何処が悪いって言うんだい?」
「どうせ見るならばいんばいんの巨乳のほうが良いに決まってるだろ!」
「はあ? ちっぱいの良さが判らないとか、きみ頭可笑しいんじゃないの?」

 そして何故か知らんが、それにメテオライトが噛み付いている。まさかの貧乳派である。
 メテオライトは着替え途中で飛び出してきたのか、いつもの暑苦しい黒いマントとコートは脱いでいる。これだけ厚着をしているのに、汗一つかいていないのが恐ろしいところだ。

「メテオライトさま、御自重ください。それと周回の支度がまだのようですので、お手伝いいたいましょう」

 巨乳派と貧乳派の争いが激化する前に見咎めたオニキスによって、首根っこを摘ままれるようにしてメテオライトは部屋へと戻っていった。
 それと入れ替わるようにして、長い髪を高い位置で結い纏めたミシェルが姿を現す。当たり前だが、服装はいつも通りである。

「まったく。殿方ってみんなこうなのかしら?」
「ははは……ごめん」

 暑さを紛らわすためなのか扇子を手に持ちながら近づいて来たミシェルは、抜群のスタイルのせいか視線を集めやすい。言い訳にしかならないが、揺れるものを目で追ってしまうのは仕方がない。

「今日から夏イベントが開始ですか。しかし外は紫外線が……ううっ、でも水着オニキスさまを見てみたい気も」
「ミシェルは見ないほうが良いと思うぞ」

 なぜなら大爆笑必須のオニキスが見られるからだ。これは復刻イベントなので内容は前世で履修済みである。
 このイベントはアイテム収集の数量到達報酬でオニキスの特別衣装付き武器が配布される。これは少し稼いだだけで入手できるので、わりとすぐに手に入ってしまうのだ。つい最近までは本格的に遊んでいなかったタマキも、モノ自体は去年のイベントで入手済みだったようである。

 ボーナスキャラとはいえ海パンにサングラス姿でサーフボード(槍)を装備したオニキスが海で浮かれている姿なんて見せたら、ミシェルが卒倒しかねない。なおオニキスは通常時は騎馬ユニットだ。しかし水着のときは馬には乗っておらず、変わりと言っては何だが波に乗って移動する。中の人である高橋兄貴のノリノリなボイスも相まって腹筋が死ぬ。

「ダメボ付きの武器が残りは剣しかないので、エリアスさんもついて来てください」
「ああ、わかった。ミシェル、またあとで」
「ええ。行ってらっしゃいな」

 今日の出撃に呼ばれたので、俺はミシェルの頬に軽くキスをしてから別れると周回イベントの入り口へと向かう。そこには準備を終えたメンバーが集まっていた。

「えっと。雪国出身の皆さんがボーナスキャラって時点でちょっぴり不安なんですけど、暑さとか大丈夫ですか?」

 タマキの言い分は尤もだ。第一部隊のボーナスキャラとして来ているのはメテオライト、オニキス、エルナの三人だ。雪国出身ということから、暑さに耐性の無さそうなメンバーなので不安しかない。
 サポートには敵全体のステータスにマイナスを付けられるサポートスキル『謀略の戦場・奇数』を持つラウルスがついて来ているがリリエンソール領は聖王国でも涼しい地域だ。かく言う俺もローレッタ聖王国の中でも山一つ越えたらシスル王国ってくらい北方の出身なので、そこまで暑さに強くない。
 同じような理由から別大陸の出身者で構成される第二と第三部隊も心配だ。

「シスル人は夏が好きだからね」

 メテオライトは水着に少し派手な模様のシャツを羽織り、手には鮮やかな色のドリンクを持っていた。グラスにはご丁寧にも常夏な感じの花で装飾がなされている。これは先ほど祭壇から召喚された闇魔道士用の武器トロピカルドリンクだ。こんな武器名だが闇魔法の武器である。

「暖かい場所に行けると聞いて楽しみにしてたんですよ~。海って初めてなので泳ぎ方教えてくださいね~」

 同じく水着姿のエルナが浮き輪を片手にはしゃいでいる。少々子供っぽいデザインではあるが、エルナらしさのある水着姿だ。しかし見事なまでの絶壁である。
 こんな話の流れなので忘れそうになるが、一応言っておくと俺たちはこれから海水浴に行くのではなく、周回イベントで戦いに行くのだ。

「一週間くらい南の島でバカンスがしたいって仕事中に毎日ぼやき続けた甲斐があったよ」

 駄目だこいつ。仕事のことを完全に忘れている。お前のおじさん達は青ざめていたぞ。しかも片方は在らぬ嫌疑を受けていたしショックで寝込んでいた。こちらに召喚されたときに向こうの状況を掻い摘んで説明したが、情報収集のついでにオブシディアンを見舞った時の様子を詳しく教えてやるべきだろうか。

「お前達がトロピカルドリンクとピンクの浮き輪でどうやって戦うのかは知らないが、その……大丈夫なのか?」

 メテオライトとエルナの持つ武器は俺が前世で遊んだときは実装されていなかった武器なので、どのように攻撃するのかまるで想像できない。性能はたぶん、よくあるパターンとして味方と隣接で追加効果発動とか、条件に収まる敵の弱化とかそんなところだろう。
 とりあえずとして、彼ら二人の武器の性能、それから衣装チェンジに伴うスキルの変更内容を聞いたつもりなのだが――

「グラスの中の氷なら何故か溶けないみたいだから温くなる心配は無用だよ。ノンアルだから酔いもしないし」
「この浮き輪ってものをつければ泳げない人でも大丈夫! ってアナベル隊長が言ってましたよ~」

 メテオライトとエルナから帰ってきた返事はこれである。便乗するように第二部隊の人間からも似たような返事が飛んできた。解せぬ。

「そうじゃなくてだな」
「ああ、そういえば日焼け止めを忘れていたよ」
「南国の日差しは攻撃力が高いらしいですからね! メテオライトさまもしっかりと塗ってくださいよ~?」
「エルナも首の所とか塗り忘れちゃ駄目だよ。将来シミやシワになったら大変だ」

 違うそうじゃない。駄目だこいつら完全に浮かれている。ここの海にはシスル人から正気を奪う何かがあるのだろうか。俺の目には普通の海と砂浜にしか見えないんだが。

「異界のメテオライト様、エルナ嬢。そしてエリアス殿。本日から暫しの間、よろしくお願いします」

 漂う磯の香りと共に挨拶をして来たオニキスは、実際にこの目で見ると破壊力が凄い。水着一枚しか着ていないのに、鎧を着けている俺より守備が高いとかいったいどうなっているのだろう。ほんのり滴っている水も気になって仕方が無い。まさか既に一泳ぎ終えた後なのか。

「エリアスさんも衣装は無いですけど、ボーナス武器の『焼きトウモロコシ』を装備してください」

 そう言って渡されたのは、どこからどう見ても大きなトウモロコシだ。香ばしい匂いが食欲をそそるが、これは剣である。ラウルスに「食うなよ?」と言われるが、食べることはできないことくらいは分かる。
 先ほどボーナス付きの武器が剣しかないと言われていたのでアイスバーでも渡されるのかと思っていたのだが、この焼きトウモロコシは今年から新しく実装された汎用武器だそうだ。聖剣の遠距離反撃が無くなってしまうが、二回攻撃の効果が付いている武器は便利なのでよしとする。
 準備も整ったという事で俺たちは今回のイベントマップ『雪国の夏休み』へと足を踏み入れた。

 控え部隊が居るとは言っても難易度自体はさほど高くないので、俺たち第一部隊だけで攻略が進んでいく。たぶん今すぐにでも全キャラクターのステータスにスタミナでも実装されない限りは交代もないだろう。
 タマキによるとラウルスのサポートスキルもだが、メテオライトの武器効果やエルナの特殊杖(浮き輪)で難易度がどんどん下がっているらしい。
 俺とメテオライトで女性陣の盾になり、オニキスが波に乗って遊撃に出ているだけで攻略が終わるので楽といえば楽なのである。

「このあとはスイカ割りだ!」

 これは先陣を切って戦うオニキスの声だ。別に海水浴が盛り上がっているわけではなく、水着オニキスは奥義発動時のセリフがこれなのだ。サーフボードでのひき逃げアタックが攻撃のモーションである。
 なお奥義発動時のセリフには「波に乗るぞ!」という差分もある。ちなみに奥義効果は相手の守備を半減してダメージを与えるものだ。

「夏サイコー!」
「海って楽しいですね~!」

 メテオライトとエルナもそれぞれ、これが攻撃のかけ声だ。だが夏サイコーで発動する闇魔法とか、もはや闇魔法と呼べるのだろうか。夏無し国家の闇なんだろうか。
 エルナのほうは特殊杖の扱いなので治療の杖ではなく敵を眠らせる杖なのだが、この楽しそうな声で敵が眠るあたり謎しかない。
 しかし敵も敵で水着のものが混ざっていたり、武器が海仕様だったりと負けず劣らずの浮かれっぷりなので気にしては負けだ。

 今回はメテオライトもかなり浮かれているので、いつかのように逃亡はしないだろう。イベント期間が長いので道中手に入るスイカを割るミニゲームの都度に小休憩を挟んだりもしているので、一日あたりの周回数も少なく済みそうだ。
 休憩中は割ったスイカを食べながら体を休めたり、水着の者たちは海に入って遊んだりしている。要するに俺とラウルス以外の全員だ。

「彼らは涼しそうでいいな」
「お前はその暑苦しいスカーフとコートを脱げば少しは涼しくなると思うぞ」

 俺の後ろからメテオライトたちの様子を見たラウルスが、この暑さにうんざりとした様子を見せながら声をかけてくる。
 きっちりと締めた襟もとに巻かれたスカーフなど、この暑さのもとでは自殺行為みたいなものだというのによく立っているものだ。コートの色が緑色という点は普段のメテオライトやオニキスに比べると涼しげだが、暑そうな格好という点においては変わりない。

「公爵家の人間として、さすがに人前でそういった隙のある格好は出来んな」
「見ているこっちが暑くなるんだがな」

 ラウルスはノリも良く、悪ふざけにも付き合ってくれるような男なのだが、なんだかんだ真面目な男である。なので俺は彼のこの暑苦しい格好をどうにかすることを諦めて、俺も海に飛び込んで涼みたい――そんなことを考えながら灼けた砂浜を歩いた。


 真夏の海を満喫しているリア充を殴っているだけと言われていたこのイベントマップの周回も、今日で三日目に突入した。
 今回はイベント期間が通常よりも長いので収集品が二種類存在しているのだが、『スイカ』と『星の砂』がそれだ。
 イベント終了後に各種アイテムと交換できるようになる『星の砂』はかなり集まっているようで、瓶に詰められたそれは大図書館の倉庫を圧迫し始めている。
 なおスイカは拾うとマップクリア時にスイカ割りのミニゲームが始まるので、その都度消費できるために嵩張らない。

「今度こそスイカから奥義書を出しましょう!」

 タマキか叫んでいる通り、この世界のスイカからは何かしらのアイテムが出てくる。つまりは宝箱の扱いだ。
 先ほどはメテオライトの好感度アイテム『聖歌の譜面』が出てきたし、その前はユーフェミアの好感度アイテム『形見の短剣』が出てきていた。なので水着勢の好感度アイテムの出現率が高いのだろう。

 このミニゲームは前世で遊んでいた時はゲージの動きに合わせてタイミングよくタップすると、結果に応じてスイカの割れ具合と景品が決まっていた。
 出撃メンバーの中からランダムでスイカを割る役が決められるのだが、今回は俺の出番だ。目隠しをして棍棒を持つと誘導に沿ってスイカを目指す。目隠し無しならば簡単に行けるのではないかと思われるが、目隠しをしていないと蹴っても殴っても割れない。しかも神器の攻撃すら弾くのだから、この世界のスイカは実に恐ろしい。

「エリアスさん、そこです!」
「はあっ!」

 皆の盛り上がる声を背に俺はタマキの誘導に従ってスイカを叩く。スイカが割れたとは思えないポップな音とともに、確かな手ごたえを感じた。すると少し間をおいて、今までと違う派手なファンファーレが鳴る。この音は大当たりだ。

「やりました、奥義書です! 奥義書引換券です! 戻ったら『雷霆《らいてい》』の奥義書と交換して貰いましょう!」
「長く苦しい戦いだった……」

 俺がこれまでに割ったスイカの数は、この三日間で約五十にまで到達した。他の皆が殴った分も総合すれば、割ったスイカの数は五百を越えただろう。食べるのは大図書館の職員たちも居るので問題ないのだが、割ってばかりで嫌になってきていたのも事実だ。
 だがイベントのアイテム収集の到達報酬自体はとうに終わっているので、今はスイカから出てくる副産物目当ての周回なのだ。召喚の札とか奥義書引換券はいくらでも欲しいだろうから、この鬼のような周回も最終日まで続きそうであった。
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第11話 年代記・異伝【梅雨の精】

 どんよりとした曇り空。ローレッタ大陸ではほとんど経験した事の無い湿気に悪戦苦闘しながらも、いつも通りの鍛錬を済ませた頃には昼を少し回ったくらいの時間になっていた。
 汗を流し着替えてから食事を済ませたところで広間へ向かうと、月に何度かある賑わいを見せている。
 掲示板を見てみると各シリーズの竜族が特別衣装に身を包んでいるイラストが張り出されている。復刻分の掲載を見ると見覚えのあるものがいくつか見当たるので、前世で履修済みの梅雨イベントだろう。
 他にも軽く流し見ると細々としたアップデートがあったようで、自分のステータスを確認してみると反映されているのが判る。

 新しい年代記《クロニクル》も解放されており、このあと準備が整い次第、攻略に向かうこととなるだろう。
 今回追加されたのは【異伝】と分類される年代記《クロニクル》だ。この年代記《クロニクル》は|歪みの精《ディストーション》の影響を受けていないので、本来であればセフィロトが介入する必要性はない。無いのだが、ごくまれに向こう側から招待されたり手伝いを頼まれることがあるそうだ。

 今日の出撃メンバーの確認もかねてタマキを探していると、噴水の近くでミシェルと二人で並んでいるのを発見する。彼女たちの前には二人の幼い竜族が立っていた。

「はあ~。可愛らしいですわ」
「ヤキンちゃん。合羽の釦がズレてますよ~。……あ~可愛い」

 そこには先ほどタマキが召喚したと思われる水玉模様の雨傘を装備したムニンと、別シリーズの竜族であるヤキンが黄色の雨合羽を身に着け立っている。
 しかし当の本人たちは見た目こそ幼いとはいえ、竜族なのでその年齢は一千歳オーバーである。だが女の子というのは小さくてかわいいのもが好きなのだろう。彼女たちの表情は綻んでいる。

 ほんのつい数週間前までは俺に言い寄ってくることがあったタマキだが、つい先日、本命《ミシェル》以外には興味がないことをはっきり告げた際のこともあってミシェルとも仲良くし始めたらしい。
 しかし本当に仲良くしているのか心配になって、ミシェルに話を聞いてみると本当に仲良くやっているようで安心したのも事実だ。最近ではキャラクター用のアバターアイテムで可愛らしいアクセサリーを入手すると、俺のデレデレボイスを聞くためなのか真っ先にミシェルに装備させ俺に見せに来る。

「さてと、準備もできましたし異伝の攻略に出発です!」

 タマキはいつも通りメンバーを招集すると、年代記《クロニクル》に入るべく門を潜る。今日はいつもより大所帯なので、誰が居るかを把握するのも一苦労だ。
 この年代記《クロニクル》・異伝【梅雨の精】の内容自体は復刻部分と追加分で全十シナリオ。やることは梅雨の精という巨大な蟹に乗ったおっさんのような姿の魔物を討伐するものだ。竜族の文化ではこの魔物を退治しないと梅雨が明けないらしい。

 今回やってきた異伝のゲストにはシリーズ関係なしに様々なキャラクターが登場するのだが、導入部分で状況説明をする係という役割なので、通常の年代記《クロニクル》とは異なり戦闘には参加してくれない。なので久しぶりの友軍なしの自軍のみでの戦闘になる。その代わりクリア報酬が通常の年代記《クロニクル》よりも、ほんの少しだけ良いものが貰える。

「蟹おじさんが新車に乗ってる!」

 度重なる戦闘をクリアした後に、新規実装部分の最終マップに入ってタマキが発した最初の一言がこれだ。
 確かに俺が前世で遊んでいた初年度とは別の蟹に乗っている。しかしこれは新車という表現で良いのだろうか。でもほかに適切な表現が解らないから、このままでもいい気がしてきた。

 今日は全部で三部隊が攻略について来ている。出撃は竜族、騎馬、歩兵の順だが、俺はその中の歩兵部隊のサポートに放り込まれている。
 つい最近に実装されたこの機能は、戦闘には参加しないがサポート専用スキルによる支援を出撃している味方に与えることが出来るのだ。そこで俺に生えてきたサポートスキルは『剣術指南』。性能は歩行剣士系のステータスアップと入手できる経験値を増加させるものだ。
 しかしこのマップは第一部隊の竜族だけがステータスボーナス付きなので、俺は控え部隊として後方で待機することになる。

「それじゃあ私たちは蟹おじさんと戦ってくるので、予定通りお願いしますね~」

 そういうとタマキは竜族たちを引き連れて水溜まりだらけの草原を進んでいく。
 控え部隊が出撃できるのは自軍がタマキだけになったときだ。それまでは雑談でもしながら時間を潰すしかないのだが、正直言って先発部隊がステータスの高い竜族なので出番が来る気がしない。その証拠がこれまでの九シナリオでの竜族無双だ。

「それにしても新車か……うん。いい得て妙だね~」
「乗り物って意味ではあってる気がしなくもないが、それでいいのか?」
「蟹は戦車だから新車で合ってるじゃない」
「テオはいったいどういう理屈でそんなことを言ってるんだ?」
「カード占いで蟹座は戦車に対応してるでしょ」

 同じくサポートキャラクターとしてついて来たメテオライトと他愛もない話をしつつ、遠くで梅雨の精と交戦中の竜族たちを眺める。討伐具合としては比較的順調なのだが、原作ではスキルなしの竜族たちもリコレクションズでは相方が一緒に居ることで発動するスキルが設定されている。ムニンであれば双子の兄フギン、ヤキンであれば双子の弟ボアズが居ないと性能がいまいちになってしまう仕様だ。
 しかも原作でおなじみの竜族の変身ルールはそのままなので、治療のためにタマキが隣接すると次のターンは戦闘が出来なくなってしまう。なので少なくとも第二部隊である騎馬部隊には出番が回ってくると思っている。

「しかしタマキはどんな攻略状況なんだ? 年代記《クロニクル》と邪悪の樹の攻略状況としては、プレイ歴半年も行ってない感じがするのにそれ以前の配布持ってたりするし」
「ドルフの話だと最初のころに軽くイベントを走ることが稀にあるくらいで、基本はログボだけ貰ってたみたい。冬にピックアップに出てたミシェル……ラウルスのほうね、彼とかカノンを引き当てたあたりでやっと本編の攻略を始めたらしいよ」
「ああ、なるほど。タマキは声オタみたいだし、鈴木好きだとその辺も好きそうだ」
「そっか、あのへんは競演多いんだっけ?」

 遊んでるソシャゲが増えると、どこかが疎かになるのはよくあることだ。サービス開始記念のログボだけ受け取って放置なんてことも無くはないだろう。
 そうこう話しているうちに竜族が全員戦闘不能になったみたいで、第二部隊がタマキと合流のために移動を開始する。

「おっと。騎馬部隊の出番みたいだから、僕はサポートに行ってくるよ」
「ああ、気を付けてな」

 騎馬部隊の中でも後衛になるカノンに回収されたメテオライトを見送ると、近くの木に寄り掛かり俺と同じ第三部隊の面々を観察する。ドルフとルイス王子は戦況を真剣に見つめているし、傭兵のゲイルは瞑目して精神を集中させている。セシル王子は槍で素振りをしているが、いつでも出撃できるように時折前線に視線を投げていた。

「はあ~。暇だ」

 ただでさえ最近はじめじめして気が滅入っていたが、戦場に連れ出されたというのに待機だと退屈で仕方がない。
 ここにゲールノートやダリウスといった顔ぶれが居れば、準備運動がてら手合わせでもしつつ時間を潰せたかもしれないが、今日ついて来ているのは前述の通りなので、そういった時間お潰しかたには乗ってくれそうもない。
 あえて言うのであればセシル王子が相手をしてくれるかもしれないが、当たり前のように壁に穴をあける男なので出来れば遠慮したい相手だ。いま一瞬だけ目が合った気がするが、恐らく気のせいだろう。

 なのでメテオライトが交代で出撃してしまうと話し相手が居なくて暇なのだ。負傷した先発部隊がこちらに運び込まれれば傷薬で治療を手伝うこともできるが、年代記《クロニクル》の内部で戦闘不能になった英雄は問答無用でセフィロトの大図書館へと戻されるようなのでそれも無い。

「なあ、エリアス。あの魔物の巣があるとしたらどこだと思う?」
「まさかとは思うが単騎で特攻を仕掛けるとかいうなよ」

 準備運動代わりの素振りが終わったのか、セシル王子が汗をぬぐいながら近づいて来た。
 先日、一緒に年代記《クロニクル》の攻略に出て以降は堅苦しいのは苦手だからと言われ普通に話すよう言われたので、俺の対応あれ以来はこんな感じである。
 この異伝では次々に現れる梅雨の精を迎撃し続けて既定のターン生き残るか、少しゴージャスなおじさんが乗っているボス蟹を倒せばクリアだ。セシル王子の言う通り増援の出現箇所を塞いでしまえばいいというのはシリーズでも定番の攻略法である。稀にその出現場所を塞いでも、その隣のマスに出現したりする敵がいるのだが、原作では大体この戦法で敵の増援はどうにかなる。

「こんなところで迎え撃つよりも根源を経てば早いと思うんだが」
「竜族の年中行事だそうだし、根絶やしにはしない決まりでもあるんじゃないか?」
「ふむ。確かに。それは一理あるな」

 戦場をきょろきょろと眺めていたので、なんとなくそんな気はしていたが、このセシル王子は原作でも性能が良すぎて単騎特攻がしやすい。多分結構な数のプレイヤーがセシル王子単騎での縛りプレイを経験している。そのせいで槍王子系は脳筋というお約束が追加されたくらいなので間違いない。
 ただしきちんと順序立てて説得すれば無茶な戦い方はしないので、『賢いゴリラ』呼ばわりはされている。

「この辺りは泥濘が酷いし竜族と騎馬部隊が踏み荒らしているから、この後出撃する俺たちは足を取られやすくなるかもしれない。気を付けたほうが良い」
「ふむ。少し遠回りになるが、左から迂回してタマキと合流するのも手か」
「この辺りはルイス王子たちと相談したほうがいいだろうな」

 そう言って俺たちはこの後の動きを相談しているルイス王子たちに合流した。その瞬間だ。戦闘が終了した。いつものファンファーレが鳴り響くと、例のごとくエンドイベントが始まる。

「俺のこの暴れることができなかったフラストレーションは、いったい何処にぶつければ良いんだ……」

 聞かれた瞬間に婚約者に叱られそうな発言をしながら、セシル王子はしゅんと肩を落とす。ひとりで留守番している大型犬のような姿が可愛そうになって、俺はそっとその肩に手を乗せる。振り向いた顔は遊んでくれる人を見つけた表情だ。

「今日はまだ日が暮れるまで時間がある。共に鍛錬、そして手合わせだ!」
「いや、俺はこのあと彼女とデートが……」

 セフィロトの大図書館へと帰還すると引きずられるように訓練場に連れていかれると、どこからともなく聞きつけたものたちが集まったおかげで白熱してしまい、うっかり壁に大穴が開いた。
 さすがに騒ぎになったので、その隙をついて俺は訓練場から撤収するとミシェルのもとへと向かった。
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第10話 |儚い系詐欺《ゴリラ系女子》

 白魚のように透き通った肌、美しいアイスブルーの瞳、そして不思議な光沢をもつプラチナブロンドの髪の少女が立っている。無遠慮に触れたら簡単に折れてしまいそうな細い手足や、伏せ目がちな瞳とその表情から儚い印象を受ける美人の名はダリル。シリーズ四作目である『氷花のレギンレイヴ』の主人公にして、シリーズ唯一の女性主人公である。
 このダリル王女は『白雪の王女』の異名を持つほどに美しい姫なのだが、比較的新しいシリーズではもはや定着している『|儚い系詐欺《ゴリラ系女子》』の元祖ともいわれているキャラクターだ。王女という身分からは想像もつかないレベルの野生児で、険しい崖を軽々とよじ登ったり、野生の熊を取ってきては夕飯にしたりもする。
 そして彼女はその華奢な外見に似合わず、全キャラクター中もっとも力のステータス値が伸びやすい。その確率はなんとまさかの210パーセントである。通常レベルアップ時にはステータス値は上昇しても1しか増えないのだが、驚異の成長率を持つ彼女に限っては2上昇することがある。この力持ちっぷりは発売前からネタにされており、ゲームのパッケージにも使われているイメージビジュアルではダリルが恋人であるアイザックを横抱きにしているほどだ。

 そんな彼らと共にやって来たのは邪悪の樹の中層だ。邪悪の樹内部は全十階層、各5エリアに分かれている。この辺りの階層は訓練場と同じく育成に使いやすいので、少々癖のあるキャラクターのスキルの検証などにも使われることが多かった。
 ダリルの兵種《クラス》【王女《プリンセス》】は今までのシリーズに居そうで居ないものだ。性能としてはルイス王子などの兵種《クラス》【王子《プリンス》】に似た性能をしているのだが、支援関係の性能が低くなっている代わりに本人の攻撃性能が高くなっている。

「訓練場で練習したとはいえ、このスキルというものは慣れませんね。それに武器の使用回数が判らないのは不安が……」
「あちこちに崖があるから高低差も気を付けなければな」
「あの崖とか高さ6くらいありそうですね。上るのに苦労しそうです」

 ダリル王女は幼馴染で恋人でもある弓兵《アーチャー》のアイザックと慣れないシステムに苦戦しているようだ。
 こちらのアイザックという男はシリーズお馴染みの『主人公の乳兄弟』と『主人公の婚約者』の二種類のポジションを兼任している。氷花はスキルシステムが廃止されたシリーズだったので武器の種類が他のシリーズとは異なるのだが、その中にはクロスボウという武器がある。リコレクションズでは射程3の歩行弓だが、各シリーズでは射程は2~3となっている。
 しかし原作のクロスボウは射程1~2の弓として扱われていた。このクロスボウこそがアイザックの専用装備であり、命中率が高めに設定されていたことから氷花のレギンレイヴの攻略時は重宝していた記憶がある。

「いや、崖は飛行系しか登れないからな?」

 システム面の大きな違いに関して思わず口を挟んでしまった俺の一言に、ダリル王女たちは振り向きざまひどく驚いた表情を見せてくる。

「貴殿は確か月虹の世界の勇者殿だったな。神器をお持ちだと記憶しているが、差し支えなければ使用回数を教えていただけないだろうか?」
「この大陸だと武器の使用回数は無限だから気にしなくて平気だぞ」
「命中率と回避率がステータス上に見当たらないのだが……」
「この大陸では命中率は一律で100パーセント、回避は0だ」

 この辺りはタマキかドルフなどが教えていそうなものだが、氷花はシステム面が他シリーズに比べて独特なので差が大きく、覚えることが多すぎて頭に入りきらなかったのだろう。
 他の大陸の狙撃手《スナイパー》が標準装備しているスキル『正鵠』は、もとの命中率が高いせいでほぼ死にスキルみたいなものなのだが、もし氷花の世界にあったとしたら重宝されるだろう。

「治療の杖の無駄振りが起こらない……だと?」
「ここが伝説の理想郷でしたか」

 ダリル王女は専用装備として、国宝である聖剣エクスカリバーを装備している。この武器には毎ターンHPが10回復する効果が付与されており、この自動回復がレギンレイヴシリーズでは馬鹿にならないのだ。特にダリル王女たちの出典元でもある『氷花のレギンレイヴ』では命中率の上限が99パーセントなので、固定値は裏切らないのでありがたがられる。

 しかし彼らの反応を見ていると、鬼畜難易度で知られる氷花世界から来ただけあって可哀想になってくる。あの世界では敵軍だけではなく乱数も敵だし、たとえたったの5パーセントの確率でも頻繁にハズレを引き当てる。
 俺たち月虹の世界の難易度が『普通《ノーマル》』であったとすれば、氷花世界の難易度は『地獄《ヘル》』とか『狂気《ルナティック》』だろう。

「ダリルさんのスキル検証を済ませれば今日は終わりですので頑張りましょう!」

 邪悪の樹の内部に登場する敵は実装されているキャラクターの虚構あるいはモブ兵士である。リコレクションズでは魔物は殆ど登場せず、|歪みの精《ディストーション》を除けば一部のイベントマップに登場するボスだけだ。それもネタに走ったものが多い。

「しかし知っている相手と同じ姿をした敵というのはやりにくいな」
「見てくださいアイザック! あちらにもアイザックが居ます」

 今日の俺とミシェルは、ダリルたち二人のサポートという形で同行している。彼ら二人は魔法攻撃に弱い。なのでその壁役としてミシェルが、そしてミシェルのサポートとして専用のバフ持ちの俺がついて来ている。
 アイザックのスキルは額面通り捉えて問題ない汎用的なスキルで埋まっているのだが、ダリルのスキルが固有のものが多すぎてタマキは実戦でその性能を覚えたいらしい。支援系スキルは出典作品が同じであれば貰えるそうなのだが、戦闘時に使用される『氷の花』というスキルの説明文が長すぎてよく解らないのが原因だそうだ。

「向こうに竜族《ドラゴニュート》がいるので、ダリルさんお願いします」
「分かりました。任せてください」

 ダリルの個人スキルとして実装されている『氷の花』は原作でも登場する邪竜の心を封じてある『氷花のレギンレイヴ』がスキルアイコンになってた。このスキルには対|竜族《ドラゴニュート》限定で発動する部分がある。実はこのスキルは攻略サイトを見てもよく解らないという性能で、実際に使わないと本当に理解できないスキルである。
 遠巻きに戦闘を眺めているとダリル王女は原作通りの怪力《ゴリラ》っぷりで、強大な竜族ですら一撃でボロ雑巾のようになっている。

「えっと……今のHPが43で、守備が――だから竜族から攻撃を受けた時もステアップありで……う~ん?」
「他に何が気になっているんだ?」
「相手のステータスにマイナス補正が付いているのかが良くよく解らないんです。デバフと違ってステータスを覗いても見えないみたいですし」
「ダリル王女のスキルには竜族《ドラゴニュート》に強く出られる以外にも性能があるってことで良いのか?」

 俺はタマキが持つ疑問の答えを前世で検証済みなので知っているが、軍師《ストラテジスト》のようにステータス覗きのスキルを持っていないのである程度情報を聞いたうえで『戦士としての経験則からの推理』というていで話すしかないのだ。

「えっと、『竜族と戦闘時自身の全ステータスにプラス4。相手の全ステータスにマイナス3。自分から攻撃した時に相手のステータス合計が自身の攻撃と速さの和より低い場合、敵は反撃不可』ってスキルみたいなんですけど、竜族以外にも適用されるんじゃないかって文面が混ざってるんですよね」
「確かにその表現だとマイナス3とかの部分は人間やほかの亜人種にも適用されそうだな。戦闘中のダリル王女と敵の攻撃と守備の数値って見られるのか?」
「戦闘中は攻撃力は見えるんですけど守備は見えないんですよね。なのでHPの減少分で計算するしかないんですけど、ダリルさんは奥義発動しやすいので計算が難しいんです」
「ダリル王女の奥義は見たところルイス王子やセシル王子と同じように見えるが」
「はい。ダリルさんも王子様たちと同じ天属性なので、奥義は天穹《てんきゅう》ですね」

 シリーズの主人公たちは、だいたい皆共通して属性は天である。髪の色も濃淡の差はあれど青系だし、衣装は白系というのがお約束である。たまにヒロインに適用されることもあるが、たいていの主人公はこの特徴を持っている。

「見たところ、天穹の性能は『相手の守備を半減』か『攻撃力に幸運を加算する』ってところか?」
「はい、そうです。今あげてくださった二つで、相手と自身のステータス差とかを考慮して有利なほうで計算されるみたいです。でも見てただけで分かるなんて凄いですね」
「まあ、なんとなくだな」

 基本的に前者はセシル王子などの怪力系の鉄砲玉、後者はルイス王子のような柔和な人物が発動させる確率が高い効果になる。なおダリル王女は前者である。

「ダリル王女は力が強そうだから、守備半減で計算してみると分かりやすいんじゃないかな?」
「なるほど確かに。どっちか片方に目星をつけておけば計算しやすいです」

 そういうと再びうんうん唸りながらタマキはダリル王女の戦闘を観察している。俺のほうは反対側で魔導士の相手をしているミシェルと合流することにした。

「やっぱりこの奥義って属性準拠で種類が決まっておりますのね」
「うん。俺も欲しかった」
「奥義書みたいなアイテムでも実装されないかしら?」
「ほんとそれ。制限付きとかでも良いから来ないかな」

 俺のステータス欄は現在、覗いてもリコレクションズ仕様となっているせいで奥義欄が空白になっている。元の世界では習得した分しかスキルアイコンは表示されていなかったが、セフィロトでは空欄になっている分類のスキル欄も表示されるのだ。

「他の星5が少なくてデータ不足なのでよく解りませんが、雷属性の奥義ってどのようなものですの?」
「守備力を攻撃力に加算してダメージ計算が行われるやつだな。奥義ゲージも溜まりやすいから、ほぼ毎ターン発動できる」
「まあ、そうでしたの。エリアスの守備でしたら上乗せするのに充分な数値ですし、奥義書の案を投書してみましょう。それにしても私の奥義はなかなかゲージが溜まらないから羨ましいですわね」

 言いながらミシェルは氷魔法で敵を倒す。流石に魔防がカンストしているところに俺からの支援効果が重なっているので、敵の魔導士からの攻撃によるダメージは受けていないようだ。

「えっ……待ってくれ。投書ってなんだ?」
「道具屋で取り扱ってほしいもののアンケートを受け付けておりましたの。投函用の箱は化粧品など美容関係のコーナーでしたので、男性たちには余り知られていないのかしら?」

 道具屋といえば課金アイテムも取り扱っている場所だ。俺がそこで見るものは殆どない。直近で立ち入ったのはタマキが傷薬を買い込むからという理由で、男数人で荷物持ちに着いて行った時くらいだ。日用品はセフィロトからの支給品で事足りるし、趣味のものなどは街に出たほうが見つかるので今まで殆ど立ち入ったことが無かったのだ。

「しかしなんで化粧品コーナーに……まさか女性のほうが購買意欲が高いと思われているのかな?」
「う~ん。箱の場所的に口紅とかチークの色を増やして欲しいとか、そう言う募集かもしれないですわね。私も幾つか材料を取り寄せて頂きましたし。でもルートヴィヒさんとか男性……いえ、心が女性でしたら乙女として扱うのが礼儀ですわね。……そうです! エリアスもこの後、一緒に参りましょう」

 そんな感じでこの後の予定を取り付けると、最終エリアを抜ける。邪悪の塔は各階に番人である悪魔たちが存在するのだが、この階層の番人アクゼリュスは撃破済みだ。すでに攻略済みの階はボスの再登場は無く、普通のマップと同じように扱われる。

「このエリアはこれで突破ですね。このまま次のフロアに行きたいところですけど、明日は朝早いので今日はここまでにしておきます」
「どこか遠出でもするのか?」
「明日は体育祭なんですよ。リレーの選手になったんで、一位を取ってこないと!」

 そう意気込むタマキに激励の言葉をかけると、大図書館のエントランスで別れる。そのままミシェルと連れ立って道具屋を目指した。

「タマキってやっぱり高校生くらいなのかしら」
「日本人って仮定すれば十六か十七って見た目だよな」

 歩きながら前世での思い出話をしつつ道具屋を目指す。内容としては体育祭より文化祭のほうが好きだったとか、そんな話だ。

「いらっしゃい! よく来たな。何が欲しいんだ?」

 カウンター越しに出迎えてくれた道具屋の店長は、会員制の店セスルームニルの店主と同じ顔をしているが全くの別人だ。設定上では商売人一族と言うことになっているので遠い親戚では有るらしい。

「投書ってアイテムのリクエストもして宜しいのですか?」
「おう。無理のない奴なら遠慮なくどんどん出してくれ」
「エリアスたちも奥義を覚えられるように『奥義書』を作れませんこと?」
「奥義書か。……よし、採用!」

 投書用の紙を受け取りながらミシェルが聞くと店長は即決しかえしてくる。そんなあっさり――と思いつつ、店長の一言とともにミシェルに一冊の本が渡される。ぱらぱらと捲ると中身は白紙だ。

「俺は他の奴らにも頼んでくるから、お嬢はその本に氷属性の奥義を書いておいてくれ」
「えっ? えええっ! 奥義書を私が書いてしまって宜しいのですか!?」

 シリーズによって多少の差は在るが彼らは商魂が逞しい。恐らく課金アイテムとして実装するつもりなのだろう、店長はどこかへと手紙をしたためると通りかかったダアトくんに託す。そのままミシェルに渡したのと同じ白紙の書を数冊抱えると、他のスタッフに店を任せて出て行った。

「えっ? えっ? あの、エリアス。奥義書って、どのように書けば宜しいのかしら? わたくし魔導の論文は書いたことありますが、武芸の奥義なんて人に教えたことありませんのよ?」
「え~っ? 俺も武芸は基礎くらいしか教えたことないぞ?」
「どっ、どうしましょう? 図形とかで宜しいのかしら?」
「とりあえずは普段ミシェルが奥義を放つときの動作とか、心掛けているものとかを下書き替わりにこっちの紙に書いて纏めてからにしよう」
「そうですね、それが大切ですわね! えっと……フェイス様を守るわたくしカッコいい――と、魔法を放つときは指先はそろえない方が美しい。それから」

 そう言いながらミシェルが書き出した文章の半分は主語がフェイス様になっている。

「氷属性の人達って主君に対して忠実というか、一途な人が多いからそういう表現に変えようか?」
「確かに。これではラウルスにしか奥義を教えられませんわね」

 ミシェルの癖の強い文字もあって慣れていない人間には読みにくいかもしれないが、数日掛けて奥義書を完成させると店長に渡す。ミシェルたち奥義持ち達は、店長から奥義書作成の謝礼として道具屋の割引券を貰ったそうだ。
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第09話 いくらでも媚びるから俺にも花婿装備を下さい

 ゴシック建築風の教会内部。ステンドグラスの窓からは光が差し込み、祭壇を照らしている。椅子には白い花とリボンで装飾がなされており、周囲には祝福の鐘の音が鳴り響いている。
 祭壇の前では花婿衣装のルイス王子と、その婚約者ブリジットが真っ白な花嫁衣装を身に着け立っていた。信じがたいかもしれないが、ここが今回の周回イベントの舞台である。今はオープニングイベント中なのだが出撃編成はまだなので、この後になるのだろう。

「こうしているとフェイス様の結婚式を思い出すわね」

 感慨深そうにルイス王子たちの挙式を眺めながらミシェルがそう呟くのとほぼ同時に、彼女の肩を掴んだものが居た。

「その話、詳しく聞かせてもらおうか?」

 そう言いながらミシェルの肩を掴んだのは、フェイス様ガチ勢のラウルスだ。これはもはやモンスターペアレンツと言ってもいいだろう。自分には口説く気がないくせに、フェイス様に群がる虫は許せないという面倒くさい男である。

「ご安心ください。フェイス様のブーケは私が確保しました。薬剤で加工もしましたので保存もばっちりです。……そういえばラウルスとはまだ【フェイス様の素晴らしさと美しさと聡明さを語らう会】をしておりませんでしたわね」
「ほう……そのような催しをしているとは流石はルーナ。しかし今はその話は置いておこう。そちらの世界のフェイス様の結婚相手とはいったい誰だ?」

 これは地雷を踏みぬくことになるのではなかろうか。ラウルスはお手本のように完璧な笑顔を浮かべてはいるが、これに関しては癖で張り付けているだけなのだろう。よく見ると少々だが口元が引き攣っている。

「オニキス様です」

 ミシェルの答えにラウルスが真顔になった。その表情からは一切の感情が消えて何も読み取れない。
 無理もないだろう。原作では対オニキスとの戦闘会話でフェイス様と二人で落ち延びるときに見逃して貰った礼を言いながらも、父の仇と恨みに思っていた相手だ。しかもそれに対するオニキスの返しが、弓兵に向かって『剣を構えろ』という無茶ぶりだ。ラウルスにとってオニキスは一番嫌いな相手なのである。

 一度セフィロトの大図書館に戻ってくると、広場には召喚された英雄たちが集まってくる。タマキは先ほど召喚の札を使い数度召喚の儀式を行っていたようで、箱の中からイベント用武器を取り出しつつ編成を決めているようだ。

「魔導士系のかた~! 誰かひとり、この武器で周回についてきてくださ~い」

 タマキがブーケを持っている。あれは確か花嫁武器で、魔道士系では元祖花嫁であるブリジットが初年度の衣装担当だったはずのものだ。炎属性の魔法扱いで実装されていたので、ブリジット以外でも属性さえ一致していれば特別な衣装は無くとも装備できる。
 しかしよく見ると、俺の記憶の中になるブーケとは色や花の種類が違う。淡いピンク色だったブーケが水色になっているようだ。

「タマキちゃん。属性を教えてくれないと困るですよ」
「そうでした! うっかりですね。これは氷属性です」

 そうタマキに問いかけたのは、彼女とは歳が近いからか親しくしているらしい魔道士の少女エリザベスだ。出典は『月蝕のレギンレイヴ』で、得意なのは風魔法である。指摘されてタマキが属性を確認したところで、ミシェルが一歩前へと歩み出た。

「私の他に氷魔導士がおりますの?」
「……そういえば居ないですね」

 このセフィロトに限ったことではなく、シリーズで総合して見ても氷魔法をメイン武器としているキャラクターは少ない。多分居ても一人か二人だ。氷魔法は基本的には種類が少なく、サブで装備する属性なのである。
 タマキからブーケを受け取ると、ミシェルは初めて触れる魔法に興味津々であちこち見たり触れたりしている。

「ブーケを束ねるリボンに術式が書かれていますのね。花からも魔力を感じるわ」
「【永久凍土《ニブルヘイム》の花】って名前の武器です。これを装備してくれないとボーナス貰えないんで忘れないで装備して下さいね!」

 そういうやタマキは次の準備に入っている。
 今回のイベントマップのボーナスキャラは花嫁衣装か花婿衣装を持っているキャラクターたちだ。各シリーズの主人公とその婚約者が大半だが、相手はいないが人気の高い女性キャラクターも混ざっている。

「タマキ。その武器には衣装もついてくるんじゃないか?」

 掲示板を見ていたラウルスが気付き、タマキに知らせるように指さしている。
 復刻であるルイス王子とブリジットは当然だが、公式で相手が決まっている女性たちに混ざるようにして、ミシェルも花嫁衣装に身を包んでいる立ち絵が張り出されていた。
 ミシェルがセフィロトに居るのはエイプリルフールのネタだったはずなのだが、追加衣装があるという事はどうやら人気が高かったようだ。もしかしたら予め決まっていたのかもしれないが、掲示板に張り出されている立ち絵を見ると凄くいい。真っ白なドレスには淡い桃色のリボンやレースで装飾されており。コルセットには落ち着きのある色味の金糸でリリエンソール家の紋章も刺繍されている。

「お前がこのあいだ指輪を見ていたのは知っているぞ。買ったのか?」
「いや、まだだ」

 タマキが箱の中から衣装を探している間に、ラウルスに耳元で囁かれる。見られていたのは一緒に出かけたときだったので解っていた。しかしまだ買っていないというよりも、良いものが見付からないのだ。更にはもともと用意していた指輪が、こちらの世界に召喚されたときに行方不明になってしまっているので困っている感じなのである。

「これは他の男が放っておかないぞ?」

 急かすようにラウルスが視線で指し示してくる。ダアトくんに媚びたら俺専用の花婿武器とか実装されないかな。ケーキ入刀的なアレがいい。

「ふむ……しかし前だけとはいえ膝上丈のドレスは初めて見るな」
「たしかに」
「まあ、女性の流行というのはすぐ変わるからな。脚線美を見せるのが次の流行りだと思えば……いや、止めるべきか」
「ラウルスが何を考えているかは大体分かる。だが普段隠れている部分を見ることができるまたとない機会だぞ」

 前世では膝上丈のウエディングドレスも見かけたが、この世界では妙齢の女性が膝を見せるような丈のスカートを履くのは殆ど見かけない。ローレッタ大陸はスカート丈は長くて当然の世界だ。どんなに短くても膝下10センチはあるが、その場合はロングブーツを併せることが多いので、ふくらはぎの形が判るような格好は珍しいのだ。

「フェイス様があんなに足を出すことになったら、俺は自害するからな」
「いやいや。タイツとか履いてるみたいだし、そこまで露出していないだろう?」
「他の男に見られるのだと思うと不愉快だろう」
「それは確かに……」

 片思いを拗らせ過ぎているラウルスは少々面倒な部分もあるが、その言い分は尤もだ。俺だってミシェルの谷間とか絶対領域を他人に見せたくない。

「女の子のミシェルさんの着替えが済んだら周回に行くので、エリアスさんも準備しておいてください」


 イベントマップの周回も何度か終えたところでデイリークエスト分を終えた。最終マップはオープニングイベントでも使われた教会内部なのだが、それ以外の場所はランダムマップで山の中だったり海岸線だったりと様々だ。
 しかしどのマップも夏寄りの気候と安定しない足場が多いので疲れそうなものなのだが、タマキはケロリとした表情でマップを走り回っている。

 今回の出撃メンバーである花婿仕様のルイス王子と花嫁仕様のブリジットは騎馬ユニットなので、俺たちは追掛けるように移動しているのだが歩幅の違いからどんどん置いていかれる。
 このイベントに合わせるように実装されたシステムでタマキはブリジットの馬に同乗させてもらっているので、その姿は遥か彼方だ。俺かミシェルもルイス王子に乗せてもらえば良かったのかもしれないが、この新システムは速さのステータスが半減するおまけ付きなので壁役も兼ねる近接戦闘向けのキャラクターには使いにくいシステムである。

「エリアスさ~ん! ミシェルさんも早く来てくださ~い! もう一周行きますよ~っ!」

 さすがにたったの数回では本日分の周回は終わらないようだ。マップ上で拾った今回イベントの収集アイテムであるドラジェを渡すと、タマキのスタミナにも余裕があるみたいなのでデイリー報酬を受け取った後にもう一周行くこととなった。

「まさか私がこのような格好で戦うことになるなんて思ってもおりませんでした」
「とても似合っていて綺麗だよ。……ここ、段差になっているから足下気を付けて」

 俺はミシェルに手を貸しながら歩く。背後から出現する増援への対処が俺たちの役割なので、進軍自体はゆっくりだ。花嫁仕様になったミシェルは衣装の重量なのか、移動力が通常より低下しているのもあってちょうど良いのかもしれない。
 俺が抱えて連れ歩けば移動速度も上がる。しかし彼女のドレスはスカートの下はボリュームを持たせるためにクリノリンで、スカートは前方が膝上丈というのもあって抱きかかえるには際どい丈なのだ。先ほど背後から現れた増援との戦闘中も、たびたび太ももと青いガーターがチラリと見えてドキドキしたものだ。

「次で最終地点だし、時間とタマキの体力的にも今日はこれで最後じゃないか?」
「だと良いのだけど」
「スタドリが沢山あるけどほら、いまの手持ちはぴったり200あるし使わないよ」

 俺たちより早く召喚されていた他の皆に確認した限りだと、タマキはわりと几帳面らしい。周回イベント時はプレイヤー用のアイテム類は必ず偶数になるよう手持ちを調整するとの証言が出ている。

「到達報酬は……スタドリ三つですか」

 前言撤回。これはスタミナドリンク三本分を消費しないと終わらないやつだ。これはあと三十周くらいすることになるだろう。


 追加の三十周もついに最後の一周となった。なったのだが、さすがにこれだけ周回していると、交代なしで参加している側としては心が折れ始める。騎馬に乗っている二人に比べればのんびり進軍させてもらえるのは有り難いのだが、マップの切り替わり時は毎度走って追いかけないといけないのが辛い。

「ううっ、足が……足が痛いです」
「移動は俺に任せてくれ」

 普段は歩きやすいブーツのミシェルも、今日に限っては特別衣装なのでハイヒールである。これは踵の高い靴特有の爪先側に重心が掛かって痛くなるのと、多少の靴擦れもあるのだろう。
 だがここで今回のイベントからリコレクションズに新規実装されたシステムが役に経つ。しかし新しいといっても月蝕以降のシリーズには多少の差異はあっても標準装備されていたシステムなので新鮮みは無い。システムはその名も『フュージョン』。二人のユニットを一つのユニットとして扱うことになるものだ。性能的には天空で使用されていた『救助』が一番近いだろう。
 仲間一人を担いでいる状態になるので速さのステータス値が多少下がるのだが、花嫁仕様のミシェルは兵種スキルが別のものになっているのでその兵種スキルの補正と、俺の持つ『翠緑の抱擁《エンブレイス》』で差し引きゼロどころか少しプラスになるのだ。今のミシェルがもつ兵種スキル名は『永遠の誓い』と『サムシングブルー』の二つである。前者が俺のステータスにプラスをくれるものだ。

 片手には剣を持った状態になるので、俺は片腕でミシェルを抱き上げる。バランスを取るためにミシェルは俺に抱きつく形になるのだが、普通のお姫様抱っことは違うせいか顔半分に胸があたるので邪念を取り払うように剣を振るう。

「ああっ! おちるっ、落ちます!」
「っと、すまない」

 やはり両手でしっかり抱きあげていない状態だと安定しないのか、ミシェルを取り落しそうになってしまう。間一髪で抱えなおすと、戦闘を終えてひと段落ついたところで彼女を降ろす。

「慣れないシステムって、こんなに不便なものなのですのね」
「俺も、お姫様抱っこは平時にするものだってよく解ったよ。……ミシェル、足のリボンがほどけてる」
「えっ、うそ! 自分で出来なかったからメレディスに編み上げてもらいましたのに」
「リボン結びなら俺でも出来るし、任せてくれ」

 俺はしゃがみ込むと片膝を出しミシェルに足を乗せるように促す。これでも一応、前世では女だったのだ。リボン結びくらいは容易いだろう。
 ミシェルはヒールを片方脱ぐとおずおずと俺の膝に足を乗せ、「それでは、お願いいたします」と言いながら少し頬を赤らめた。すらりと長い脚を締め付け過ぎないように、解けてしまったリボンを結い上げる。

「出来上がりは如何でしょうかお嬢様?」
「完璧です。……ふふっ」

 ミシェルが靴を履きなおしたのを確認すると、お道化るように言いながら仰々しく腰を折る。ミシェルの満足げな声が聞こえ、そのまま俺の手を取ると指先に口付けてくれた。

「たまには私からのキスも悪くないでしょう?」
「これ以上に無い最高の賞賛だよ」

 言いながら俺は再びミシェルを抱き上げる。靴擦れの手当てもしてしまいたいところだが、いまここでする余裕はない。
 そのまま数度の戦闘をこなし、ドロップアイテムである綺麗にラッピングされたドラジェを拾うとゴール地点でタマキたちと合流する。

「こっちはドラジェを七個拾ったけど、あと何周するんだ? ミシェルが靴擦れで辛いみたいなんだけど」
「ルイスさんたちと一緒に拾ったのが十二個で、今日の目標はあと十個ですから残り一周ですね。これなら難易度を一つくらい下げても十分ですし、ミシェルさんは交代しましょうか」

 言いながらタマキは代わりに誰を呼ぶかを考え始める。この言い方だと俺は続投なのだろうか。できればミシェルを部屋まで送って、足の手当てもしてあげたいのだが。

「俺も交代しちゃダメかな?」
「エリアスさんは好感度上げたいので出撃してください」
「そこを何とか。自分で歩くのも辛そうだし、彼女のことは俺が運びたい」
「私よりミシェルさんのほうが好きなんですか?」
「うん。俺が愛しているのはミシェル一人だよ」

 こういうことは直球で伝えなければ、いつまでも理解してもらえないだろう。これまでに暇な時間に話したタマキの態度で気になった点といえば、『エリアス』が好きというよりも『CV鈴木』が好きといった感じなのだ。俺ではなく声が好きだというのであれば、まだ説得できる範囲だろう。

「ううっ、エリアスさんの周囲にきらきらフィルターが見える。ぐぐぐ……幸せそうな鈴木ボイスが聞ける思えば、デレッデレな鈴木ボイスが――よし、いける。末永く爆発してください!」
「うん。ありがとう」

 きらきらフィルターが何なのかはよく分からないが、タマキが俺たちの関係を理解してくれたのならば問題ない。共に出撃していたルイス王子たちにも軽く声をかけると、俺はミシェルを連れて大図書館へと帰還する。
 廊下ですれ違った面々には冷やかすような言葉を掛けられるが、人前でイチャイチャすることに関しては慣れているので適当にあしらいながらミシェルを部屋まで送っていく。

「ここまで送ってもらえれば、あとは自分で出来ますのでエリアスも休んでくださいな」
「でも結構血が滲んでいるし……」

 ミシェルの履いている白いニーソックスは、踵のあたりが靴擦れでできた傷の出血で黒っぽく染まっている。これはなかなか痛そうだし、ヒールを履いて歩きまわったダメージもあるので不便があると思って居残ろうと思ったのだが「さすがにその……爪先を見せるのは、はしたないですし」の一言で引かざるを得なくなった。
 せめてもという事で棚から消毒液などを取り出すなどの手伝いだけを済ませると、俺は自分の部屋へと戻った。
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第08話 年代記【彗星・愛憎の一族】

 もはや当たり前となってしまった年代記《クロニクル》の攻略だが、最近になって出発前のお約束とも言えるやり取りが一つ増えた。

「アルテミシア様が出撃されるのであれば、俺も連れて行ってくれ! 頼む!」

 見目麗しい貴公子が腰を折り頭を下げながら軍師タマキに懇願するシーンは、まだ始まったばかりの今週だけで既に三回ほど見ている。

「そう言われましても、キャシアスさんは守備も魔防も低いので、敵の攻撃を耐えられませんよね?」
「姫が危険な場所へ向かうというのに、俺だけが大人しく留守番など出来るわけないだろう!」
「一ターンで沈まれても困るので、お留守番していてください」

 このキャシアスという男は所謂良家の子息で、亡国の王女と共に登場する貴族ポジションの人物だ。彗星では一番好きだったペアなので出来ることなら替わってやりたいところだが、タマキが言うとおりキャシアスは防御面が心許ないのである。

「ちょっとキャシアス。貴方、またやっているの?」

 背後から現れたのは、キャシアスと同じく彗星の世界から召喚された聖騎士《パラディン》のメイベルだ。彼らは幼馴染であり、元は婚約関係にあったのだが紆余曲折あり現在は解消している。しかし子供の頃からの付き合いがあるからか、互いに遠慮がなく、呆れた様子のメイベルに引きずられるようにしてキャシアスは去っていった。
 だんだんと遠くなっていく「ううっ……姫っ、ひめぇ……」と啜り泣くキャシアスの声と、「うるさい!」というメイベルの声と共に打撃音が聞こえるのを背に、俺たちは年代記《クロニクル》の中へと足を踏み入れた。

 今日の攻略先は年代記《クロニクル》【彗星・愛憎の一族】だ。シリーズ三作目である『彗星のレギンレイヴ』は、一族間の愛憎劇をメインに据えた物語である。主人公であるノエル王子は血縁者に恵まれず、親類縁者たちと血で血を洗う戦いを繰り広げることとなる。数多い肉親の中で唯一、味方をしてくれるのは物語の導入で行方不明になってしまう姉ユーフェミアだけだ。本編は祖国を敵に回すという終始重苦しい雰囲気の物語である。

「俺の名はレオナルド! ノエル王子が幼少の折より護衛役を務めている重騎士《ホプリテス》だ。貴殿の名は何と申す?」
「俺はエリアス。君たちとは別の大陸から来た勇者《ブレイブ》だ。今日は、よろしく頼む」
「うむ! エリアス殿か! 見ての通り守備には自信があるから、いざというときは俺の背後に隠れるといい!」
「ああ、ありがとう。だが俺も防御には結構自信があるから、魔導士たちを護ってやってくれ」

 今回の出撃メンバーの一人であるレオナルドは、つい先ほど召喚されたばかりの壮年で大柄な騎士だ。各種マップのクリア時に貰えるボーナス経験値を貯めこんでいたものを利用してレベルを上昇させたらしいので、このセフィロトでの戦い方にはまだ順応していない。

「ところで、我らが防衛するべき拠点はどこにあるんだ?」
「拠点? 俺たちの拠点はセフィロトの大図書館だから、年代記《クロニクル》内部にはそういうのは無いぞ」

 彗星から実装された拠点防衛という、勝敗に係わるシステムがリコレクションズには存在しない。理由は命中率などの廃止理由と同じで、なるべくシステムを簡素化したいからだそうだ。
 これによって割を食いそうなキャラクターが一定数存在する。いま目の前に居る彼――重騎士《ホプリテス》のレオナルドがまさにそうだ。彼は個人スキル・兵種スキルの全てが拠点防衛向けのスキルである。いくつかのスキルは仕様変更に伴い調整が入れられているが、命中・回避等のように廃止されたシステムのもの以外はわりかし適当な感じに仕上げられている。

「そんな……皆からは『人間要塞』と呼ばれ、拠点防衛といえばレオナルドだといわれていた俺が……護るべき拠点が無い……だと?」

 今日の出撃メンバーで前衛職は俺たち二人だけなので移動中は自然と話し相手になってしまうのだが、俺の返事が予想外だったらしいレオナルドは膝から崩れ落ちる。重騎士《ホプリテス》が身につけている鎧は一人では身に着けられないほど重く、一度座ったり転んだりすると自力では立ち上がれなくなるほど重い。

 これはファンの間で勝手に広がった妄想なのだが、『レオナルドって笑うと歯が光りそう』と言う物が在る。本編がドロドロの愛憎劇ということで、少しでも明るくする為にメイン寄りの味方キャラクターは、出来る限り明るく爽やかな者を出そうとした黒やんのやらかしである。レオナルドは爽やかというよりも暑苦しいタイプの男だ。なのでここまで判りやすく落ち込んでいるのは珍しくない。

 ひとまずは手を貸して立ち上がらせようと思ったところで、タマキからの指示が届く。

「う~んと。私は新参のレギンレイヴァーなので拠点防衛は未経験でよく解らないですけど、代わりと言ってはなんですが友軍のノエル王子を護衛してください」
「なんとっ! あそこにおわすのは我らがノエル王子! このレオナルド、必ずや王子をお守りいたしましょうぞ!」

 重い鎧をものともせずにレオナルドは勢いよく立ち上がると、重騎士《ホプリテス》にしては素早い動きでマップ上を進んでいく。

 年代記《クロニクル》【彗星・愛憎の一族】は、他の年代記《クロニクル》とは違った意味で歴史が歪んでいるマップである。
 今回の友軍は主人公であるノエル王子。対する敵軍の長は原作では味方のはずのノエルの姉ユーフェミアだ。
 この姉弟は作中で親兄弟と殺し合うことになり原因は大小様々あるのだが、竜族と手を結んで人類を滅ぼそうとしているノエル王子たちの父親を止めるのが最大の目的である。間違ってもこの姉弟が殺し合いに発展するようなフラグは存在しない。

 今回のマップは駐屯地の一角。木製の柵に囲まれ、テントなどを設置している場所だ。その駐屯地の四方を囲むようにしてユーフェミアたちは布陣している。
 このマップでは天候が雨のために移動力が減少する効果がある。これがなかなか厄介だが、ノエル王子は進んで移動しないので自軍は待ち伏せ型で対応できる。なのでさして問題はない。
 レオナルドの守備力があれば魔法以外は耐えきれるはずなので、俺の役割は魔導士のジェシカが誘い出したラムダを撃破することである。相手は騎馬魔導士系なので位置取りに気を付けなくてはならないが、魔法同士の相性などを考慮すれば炎魔法を扱うジェシカのほうが有利なので俺は念の為一マス開けて後方へ待機する。

 そして地味に難易度が高いこのマップの戦闘発生のきっかけは実に下らない理由だったりする。

「ノエル! 私が後で食べようと思っていたレモンの砂糖漬けを勝手に食べたでしょう!?」
「あれが姉上の物だったなんて知らなかったんです! ごめんなさい! 許してください!」
「絶対に許しません!」

 こんな理由で争いに発展したせいもあってなのか、ユーフェミアに味方することになってしまった三騎士は遠い目をしている。本来であれば素直に謝れば許してくれる女性だ。拗れてしまったのは|歪みの精《ディストーション》のせいである。

 このマップの厄介な部分は敵大将であるユーフェミアが持つスキルだ。彼女は原作での登場時、表向きは死んだということになっていたので身分を隠している。
 なので兵種《クラス》は『歌姫《ディーバ》』というものになっている。この兵種《クラス》は吟遊詩人《バード》の女版といった性能で、兵種スキルである『歌う』による再行動があるせいで敵の行動が読みにくくなるのである。
 さらにこのマップの難易度を跳ね上げている要因の一つが、ユーフェミアの臣下である三人の騎士たちである。彼らはユーフェミアの臣下専用のバフを貰えるので、元のステータスの高さも相まって強敵だ。

 十字路の中心付近で敵を迎え撃つために布陣し、まず最初は南方から攻め込んでくるラムダだ。
 初期配置の関係で先にこちらへ到達するラムダは原作では魔導騎士《マギナイト》だったので魔導士系としては守備が高い。初撃はジェシカに受けてもらい、自軍のターンで俺が攻撃したのだが、そのHPを削りきることはできなかった。
 しかし次のターンにはデルタ将軍がこちらに接敵してくるはずなので、俺はジェシカの盾になるようにと前に出たままである必要がある。幸いなことにこのセフィロトでは俺の持つ聖剣テミスに遠距離反撃の性能が付いている。射程2の敵限定の反撃となるが、タマキが味方全員の魔防を上昇させるアイテムを使用してくれているので一度くらい耐えられるだろう。

 同じように背後ではレオナルドが盾になり、背後に控えたアルテミシア王女が敵と交戦していた。友軍であるノエル王子もモブ兵士を相手に危なげなく戦っている。

「ノエル様! ユーフェミアさまのおやつを横取りするとは何という事ですか!?」

 俺に攻撃を仕掛けながら叫んでいるのはデルタ将軍だ。彼は若いころにユーフェミアの母親に恋慕していたので、出発前に見たキャシアスに負けず劣らずの妄信ぶりを持つ。
 でも俺はノエル王子じゃないし、おやつも横取りしていないのでいい迷惑だ。果物の砂糖漬けは一般的な保存食なので、街が近ければ簡単に入手できるだろう。

「なあ、ジェシカさん。ここから街までって結構遠いのか?」
「騎馬で片道二日くらいかしら? 天馬《ペガサス》や飛竜《ワイバーン》なら半日くらいで辿りつけると思う」
「そうだよな。さっきの見晴らし台から見えた感じだと、それくらいの距離だよな」

 ある程度舗装されているとはいえ、緑生い茂る山の中だと進行速度は遅くなる。だが天馬《ペガサス》などの飛行ユニットであれば、地形に関係なく直線距離で移動できる。
 ユーフェミアが仲間になっている時期となると物語も後半戦に入っているし、デルタたちが仲間になっているという事はエンディングが近い時期で間違いない。王都に近づいているという事は、人の住んでいる場所も多くなるという事なので買い出しにも出やすいはずなのだ。彗星は金策も取りやすいので資金難というのは、ほぼありえない。

「フットワークの軽いラムダでも、ユーフェミアさまの忠犬であるデルタ将軍でも誰でもいいから買い出しに行けばよかったのに」
「個人的な買い物だと行き辛かったんだろうな。デルタ殿は見るからに真面目そうだし」

 仲間たちと位置を何度も入れ替わりながら交戦し続け、やっとのことでユーフェミアのもとに辿り着く。魔導士系である彼女は守備が低いので、さして苦労なく倒すことができた。瞬間、周囲を硫黄のような匂いが包む。
 ユーフェミアの口からはこれまでとは僅かにだが、姿かたちの異なる|歪みの精《ディストーション》が現れた。白っぽく透けていた身体は黒く染まり、手には小さな槍のようなものを持っている。
 この年代記《クロニクル》に登場する|歪みの精《ディストーション》は、これまでに登場したものと性能が異なる。今までに戦った|歪みの精《ディストーション》は飛行魔導士系だったが、この黒い個体は竜騎士《ワイバーンナイト》と似たような性能となっている。しかも偶数ターンの初めに自身を中心とした縦三列にいる敵に10の固定ダメージを与えてくる奥義を持っているのだ。これが厄介なのである。
 
 今回は弓兵を断っての出撃なので飛行特効は乗せられないのだが、レオナルドに耐えてもらいながら配置を調整する。
 セオリー通りに角に追い込んで囲んでからは武器相性で俺が優先的に攻撃を受けることとなるのだが、スキル『後の先』の性能とタマキからの回復があれば十分耐えられる範囲だ。これで俺にも☆5キャラクターと同じように奥義があればいいのだが、レアリティが足りないので身に着けることはできないのが残念だ。

 俺は聖剣テミスで一撃を叩きこむ。|歪みの精《ディストーション》が反撃で突き出してきた槍の軌道をずらし致命傷を避ける。速さは拮抗しているようで、お互いに追撃は無く、このターンの戦闘は終了する。

「敵のターンで|歪みの精《クリオネ》の奥義が飛んできます! 直後に戦闘になるエリアスさん、気を付けてください!」
「わかった。任せてくれ」

 俺のスキルはリコレクションズだと性能変更が多く、『必殺封じ』のスキルも『戦闘中、相手の必殺率を0パーセントにする』から『敵の奥義による効果を半減する』と変更されている。なので偶数ターンに飛んでくる固定ダメージが俺だけ半分で済む。
 傭兵の兵種スキルである『後の先』も反撃時に守備・回避にプラス補正が付くスキルなのだが、リコレクションズでは回避の概念がないので反撃時に守備・魔防にプラス4という性能になっている。
 敵との武器相性とかもあるので攻撃を耐えるのはぎりぎりの範囲だが、|歪みの精《ディストーション》のHPはそう高くはないのでこの戦闘で倒し切れるはずだ。

「呪われよ、人の子よ! 呪われよ、セフィロトの光竜!」

 最後の一撃を叩きこんだと同時に、これまでは音すら発する事の無かった|歪みの精《ディストーション》が憎悪を含んだ呪いの言葉を吐く。
 セフィロトの光竜というのは、ドルフたち司書《ライブラリアン》から話を聞けるこの地の守護者だ。セフィロトの十侯爵家を束ねる存在で竜族としては珍しく、同居してくれる程度に人間に好意的であるらしい。
 個体名は前世でのプレイ中に一度も出てきていなかったので不明だが、若くして爵位を継ぎ苦労したドルフの兄が何度も世話になった存在らしい。『人というのは失敗を繰り返し成長する』という部分が気に入っているらしく、ドルフの専用装備である神器『光剣アイン』も、このセフィロトの光竜から貸し与えられたものだ。

「今回の|歪みの精《ディストーション》はなんかいつもと違いましたし、帰ったらアナベル隊長に相談したほうが良さそうです」
「うん、そうだね。十侯会議も近いし光竜にも報告をあげられるだろうから、僕も兄上に伝えておくよ」

 戦闘が終わると合流してきたドルフがタマキと話し込んでいる。話題に上がった『十侯会議』というのはセフィロトの十侯爵家の当主たちが一堂に会する場である。これにはドルフの兄のほかに、ティフェレト家の当主であるアナベル隊長も参加する。大図書館の司書《ライブラリアン》たちの行動指針などはここで決定されるらしく、アナベル隊長が予算などの交渉をしてくれているそうだ。

 ひとまずはこの年代記の登場人物たちに事情を説明しようと、倒れていたユーフェミアを見てくれていた三騎士たちのもとへと向かう。そこでは甲斐甲斐しく主君の介抱をするデルタ将軍と、少し離れた場所でノエル王子の従者に何かの袋を渡しているラムダの姿が見える。先ほどは俺と直接対峙しなかったもう一人はノエル王子に頭を下げているようだ。

「姉上。申し訳ありませんでした。お詫びと言ってはなんですが、こちらの木の実をお召し上がりください」

 少し怯えた様子のノエル王子が、従者に渡された袋を姉ユーフェミアへと差し出す。これまでに見たことない形相だった姉が余程恐ろしかったのだろう、捕食される直前の草食動物のように震えている。
 |歪みの精《ディストーション》に取りつかれていた影響で起き上がるのも辛そうなユーフェミアは、臣下に支えられながら体を起こすと、そっと手でノエルの頬に触れる。

「私こそ少し大人げなかったわ。ごめんなさい」
「あねうえ……」

 そこへ半ば強引かもしれないが割り込むように事情を説明すると、雨で濡れた体を一刻も早く温めるために俺たちは大図書館へと戻った。
 揃いも揃ってずぶ濡れになっているのだが、向こうが雨であることは元から判っていた。なので待機していた者たちが濡れた体を拭くためのタオルや、冷えた体を芯から温めるためにとホットドリンクが用意されていた。

「まあ! こんなにずぶ濡れになって!」
「今は暖かい時期だし、そんなに寒くはないから平気だよ」

 大判のタオルを持ったミシェルが駆け寄ってくると、俺の頭をわしゃわしゃと拭いてくれる。季節としては初夏なので、衣類が含んだ水気さえ絞ってしまえば部屋に戻って着替えたほうが早いくらいだ。

「ではこちらだけでも飲んでくださいまし」
「これは……生姜と蜂蜜か?」
「お湯で溶いただけですが、わたくし初めて生姜をすり下ろしましたの」

 本人はお湯と言っているが湯気は上がっていない。きっとそこそこ時間が経って程よく冷めて飲みやすい温度になっているのだろう。受け取ったマグも人肌くらいに温かい。

「ミシェルの手作りか。ありがとう、嬉しいよ」
「ささっ、ぐいっとお行きになって下さいな」

 なんだか既視感のあるやり取りだが、これはなんだろうか。しかし甘く涼感ある香りにつられるように、俺は一気に飲み干す。温度は思っていたよりも温い。

「ステータスはどうなりましたか?」
「……え?」

 輝く笑顔で聞いて来たミシェルの手には『|黄金の蜂蜜酒《ドーピングアイテム》』の空き瓶が握られていた。全ステータスの中からランダムに三種類上昇させるレアアイテムである。

「力がカンストして、魔防も増えたな。なんか上昇した数値が多いけど、まさか……」
「成し遂げました!」

 今回は以前のように倒れることは無かったが、早く着替えるようにとミシェルに背を押されながら俺は部屋へと戻ることとなった。その後は言わずもがなだが、アイテム効果の問診である。
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